『ミッドサマー』明るい地獄なのにホラー映画ではない「3つ」の理由

作り手は「ホラーではない」と断言している、しかし……

(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

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 2月21日より映画『ミッドサマー』が公開されている。監督を務めるのは『ヘレディタリー/継承』(2018)で「ここ50年でのホラー映画における最高傑作」などと絶賛を浴びたアリ・アスターだ。  筆者は、その『ヘレディタリー/継承』のクライマックスでのあまりの恐怖に涙を流してしまい、その夜はいい年をして電灯を消すのが怖くてなかなか寝付けなかった。それほどの衝撃作を経ての長編第2作となるこの『ミッドサマー』に、大いに期待して試写に足を運んだのは言うまでもない。  結論から申し上げれば、『ミッドサマー』は凄まじかった。観た直後は生まれたての子鹿のように脚がガクガクと震え、この映画を作ったのは人間じゃないとまで思い始めた(我ながらひどい)。しかし、実際のアリ・アスター監督のルックスはつぶらな瞳をしたチャーミングなお兄さん(現在33歳と若い)だ。あの笑顔から、どうしてここまでの映画が作れるのだろうか。本気でそう疑問に思うほどに、良い意味での地獄を体験できる作品だったのである。  そのアリ・アスター監督は本作の舞台挨拶やインタビューで、「ホラーではないですし、怖くもありません」と繰り返し主張している。個人的には「嘘だー!マジで怖かったしホラーだったよ!」と大人気ない反論をしたくなるのだが、一方では「確かに、これをホラー映画とカテゴライズしない理由もわかる……」と、その作り手の意見を尊重したくなる気持ちも芽生えてくるのである。  そう、『ミッドサマー』は観る人によって「怖い」「怖くない」「ホラーである」「ホラーでない」という印象が間違いなく分かれる映画だ。そして、その“観る人によって印象が違う”ことにこそ、奥深さや面白さの秘密がある作品だったのだ。その理由を大きなネタバレのない範囲で、以下に解説していこう。

1:明るい世界でこそ示せる心理と物語がある

 まずは、あらすじを記そう。ある事故で家族を失ってしまった大学生のダニーは、彼氏とその友人たちと共にスウェーデンの奥地の村を訪れる。そこでは90年に一度の祝祭が行われており、太陽が沈まない白夜の中、次第に不穏な空気が漂い始め、やがて彼女たちは悪夢のような事態に巻き込まれていく……。  導入部を客観的に捉えれば、「ある土地に訪れた若い男女が恐ろしい目に遭う」という、それこそ『悪魔のいけにえ』(1974)に代表される典型的なホラー映画にも思える。その土地にカルト的な宗教が浸透しており、信仰者たちによる恐怖を描くという点では『ウィッカーマン』(1973)や『サクラメント 死の楽園』(2013)も連想させる。そこだけを切り出せば目新しさはなく、むしろホラー映画という“型”にはまっているとも言えるだろう。
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 しかし、『ミッドサマー』が他のホラー映画と一線を画するのは、何よりも“明るい”ということだ。真っ青な空、緑生い茂る草原、白を基調としカラフルな装飾も散りばめられた衣装の数々は、どこを撮ってもインスタ映えしまくる美しさだ(実際に公式インスタグラムも本当に映えている)。それぞれのシーンをカットして取り出しただけでも、芸術作品として存分に認められるだろう。  しかし、その明るいこと、どれだけ時間が経っても夜が訪れないということが、とてつもない不安を呼び寄せる。観客はこの後に恐ろしい出来事が起こることを知っているし、重低音が響く音楽も非常に不穏であるからだ。しかも、やがて凄惨でグロテスクな画も、明るい場所でバッチリと映ることになる。  アリ・アスター監督は、本作が「心の平静と方向性を失う女性の物語」であることを前提として、「太陽が決して沈まず昼夜の区別がつかないというストレスを感じる状況に主人公を置いている」とも語っている。なるほど、この明るさは、精神的な“躁”の状態とも言えるだろう。  主人公は(詳細は伏せるが本当に悲惨な)ある事故で家族を失うという不幸を経験しており、ともすれば暗い気持ちに沈んで精神を落ち着けたほうが健康的とも思えるのだが、この太陽がさんさんと降り注ぐ白夜の祝祭はそれを許してはくれない、むしろ明るいことでずっと気持ちが高ぶってしまうような、居心地の悪い高揚感を覚えるのである。  その明るく映える画には、ごく細かいところにまで、並々ならぬこだわりがある。スウェーデンの民間伝承やドイツやイギリスの夏至祭などを参照したしたという、古代北欧風の文字、宿泊小屋や住居の壁に描かれた壁画、セットのインテリアなどが、長い歴史や信仰を示しており、本当にこの恐ろしい宗教が実在しているようなリアリティを感じさせる。
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 しかも、それら精巧なセットの1つ1つには“意味”も込められている。アリ・アスター監督は「観客に明らかな兆候を示すことなく、これらの絵画の中に隠されていることが、映画の中で起こる」「この映画には、たくさんの隠されたメッセージが潜んでいる」とも語っており、15秒バージョンの予告編で示される「全シーン、伏線」も伊達ではなかったのだ。(特に映画の始まり、ファーストカットは見逃さないようにしてほしい)  全体的にはゆったりしたテンポの物語運びであり、上映時間も2時間27分と長めであるが、美しい画のどこに伏線が隠されているのかと探していく面白さ、全体的な”地獄がいつ始まるかわからない”不気味さも存分にあるため、気が抜けることはないだろう。  まとめると、『ミッドサマー』の明るさは、暗い画で構成された普通のホラー映画の単なる“逆張り”などではない。美しく明るい画は、主人公の不安定な心理を表すために必要不可欠であり、芸術作品として格調高いものでもあり、サブリミナルのように観客の潜在的な意識下で物語を伝えようしている、非常に重要なものなのだ。  なお、グロテスクな画がバッチリと映るとは前述したが、アリ・アスター監督はただいたずらに残酷なシーンを入れているわけではなく、「何らかの暴力が登場人物に影響を与える時、ストーリーラインのなかで必然だと思った時だけに、残酷描写を使うようにしている」とも語っている。確かに、映画本編を観れば、当たり前でもある“人間の肉体のもろさ”を示すため、登場人物のショックに同調するための必要最低限の残酷描写だと同意できる。とは言え、容赦のないグロさがあるのは事実なので、覚悟して観てほしい。
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主人公の視点に立てば“失恋ムービー”になる
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