忘れちゃいけない大学入試改革の議論。英語の民間試験に批判的な委員も検討会議に復帰。今後の行方は?

新井紀子氏(国立情報学研究所社会共有知研究センター長)-(新たな問題点が指摘された)-

【概要】  汎用的読解力調査(リーディングスキルテスト)の専門家として意見を述べた。これまでの調査から中・低位層では学ぶスキルが欠如していることがわかっており、科目の知識ではなくリテラシー(読解力と記述力)テストをする必要があると考える。共通テストは国立大向けではなく、ボリュームゾーンの私大向けにするべきである。内容をある程度限定すれば、数学の記述式の出題も可能である。 【解説】  指摘されたことは大変重要なことです。情報を正しく読み取る力に欠けるから、正しく学習されないこともあるので、今後、この件は大学入試という限られた範囲ではなく、もっと大きな枠で捉えていく必要があります。  いくつか気になる点がありました。持ち時間の短さも関係したと思われますが、発言の根拠が一般の人が確認できないものや何を根拠にしているのか不明のものもありました。中には、これまでの本会議での説明と異なることもあったので、念のため触れておきます。  例えば、次のようなものです。 (例1)第5回の会議のときに文科省側から配布された資料には次のようなものがありました。センター試験の受検を必要とする大学の定員枠は、国公立大学10万824人、私立大学6万3875人(大学入試センター調べ)だというのです。 大学入試センター試験の利用状況  これに対して、新井氏は、「今、センター試験のメインの利用者は国立大学から私立大学にシフトしています」(1:52:00)「私大のセンター試験受験者が受験者のボリュームゾーンだと……」(1:52:18)と発言されました。  しかしこの文科省の資料によると、「募集人数レベル」では、センター試験の受検者164699名のうち、センター試験を受けて入る私大の定員は63875人(38.8%)であり、国公立大学の100824人(61.2%)には遠く「ボリュームゾーン」と言えるのか疑問です。  募集人数ではなく、実際に受検した人を国立大学、私立大学で分けるのもナンセンスです。なぜなら、両方を受検する人がたくさんいるからです。また、センター試験が個人に与える影響を議論しているので、私立大学の数で数えていることもないと思われます。いずれにしても根拠となっているデータはよくわかりません。 (例2)「センター試験の成績(得点分布)は、ほとんどの科目でふたこぶらくだ化(2極化)している(1:52:28)」との発言でした。この事実を確かめるためにもっともよいとされる大学入試センターで発表している資料は見つけられなかったので、駿台ベネッセのデーターネット2020を参考に分布を調べました。その結果、少なくとも直近3年間はそのような事実はありませんでした。この駿台ベネッセのデータは、2020年の大学入試志願者数557699人のうち436512人をカバーしていますから、全体の分布もそれほど変化していないと考えられます。なお、データーネット2020はこちらから確認できます。  これ以外にも細かいところでは「記述式への問題意識を私が持ったきっかけは(中略)日本数学会の大学生数学基本調査、これ2011年に行ないました。(中略)これ6000人以上の大学新入生を対象として90の大学の協力をいただいて行なった調査です」(1:54:10あたりから)とありますが、 「第一回 大学生数学基本調査報告書」の20ページによると、(6000人以上→)5946名、(90の大学→)48大学とあり、調査実施クラス(オリエンテーションを含む)が90とあり発言と異なります。もちろん、これが違っていたとしても新井氏の発言の方向が狂うわけではありません。  このくらいにしておきますが、これらを取り上げた理由は、一般に言われていることや過去のこの会議での委員の発表と食い違うことを根拠に組み立てられていると思われたからです。委員の中にも今回根拠とされた件にかなり詳しい人はいますから不思議に見えていたと思います。  指摘したいのは、新井氏の発言が間違っているというのではなく、正しいかどうかの確認が第3者に「できない」あるいは「困難」ということです。新井氏は他の資料を見て発言している可能性もありますので誤りとは言い切れません。  しかし、過去の大学入試改革の会議では、間違ったデータのもとにして議論が進み、一部の人達に都合のよい方向に進められてきたので、エビデンスには非常に敏感で、必ず誰かがファクトチェックをします。今回他の2人の研究者の方がそうしているように、資料の出典などを明記していただけたらよかったと思います(明記してくれているものもあります)。  話は元に戻りますが、発言されたリテラシーに関する問題は重要な問題ですので、大学入試で問うという枠組みではなく、より大きな枠組みで普段の教育の中で扱うことが必要なものと感じました。  なお、発言の最後の方に、答を限定すれば記述式も可能という意見も出されました。 【質疑応答】 両角委員  読解力と記述式をセットでリテラシーと考えるのか? ⇒読むだけだとキーワード検索やリバースエンジニアリングされやすいので、両方を見た方がよいと考える。 小林委員  リテラシーテストも多肢選択式にできるか? ⇒最初は多肢選択式でスタートしてもよい。初期なら多肢選択式でも十分。 末冨委員  読解力については小学校から差が開いている。埋め合わせ方についてエビデンスがあるか?学校以外の影響をどう考えるか? ⇒就学援助率が高いほどリーディングスキルテストの結果が低いというデータがある。教科書が読めるようになるようにゼロベースで教えることが貧困サイクルをとめる。それが義務教育の使命であると考える。 柴田委員  高校ではリーディングスキルが上がらないならば、高校の国語の授業はなんなのか?国立大学では共通テストに資格試験的な意味があるのではないか? ⇒国語については専門ではないが、高校は読める前提で指導が進められており、読み方を教える時間的余裕がないと考える。共通テストについては資格試験的位置づけでよいと思う。 芝井委員  基礎学力を担保するテストが学びの基礎診断になってしまいテストの力がなくなって残念に思う。同じように共通テストの組み換えは考えられるか? ⇒国立大学の本丸は二次試験である。共通テストは、多様な大学がある中で、学び続ける力の担保をする役割を担ってほしい。

大森昭生氏(共愛学園前橋国際大学学長)

【概要】  地方の小規模な私学の大学という立場から意見を述べた。理想として考える入試はあるものの、現実は国立大学の滑り止めとしての役割を果たしており、受験しやすい入試にせざるを得ない。地元の高校とも連携しており、個々の学生が頑張ったことを見る入試にしたいと考えている。共通テストの在り方だけでなく、大学入試全体の在り方についても議論してほしい。 【解説】  発言の中に、「この大学入試改革は、選抜性の高い大学を想定しているのではないか?」というものがありました。すなわち、定員割れをしている私立大学はあまり想定していないのではないかということです。そのことも含め、共通テストは大学の多様性にも目を向け、偏りのない試験であることが重要ということになります。現在、合格者を定員の1.15倍に留めないと申請事ができない(▷2:39:40)ので非常に苦労しているという話をされましたが、これは、以前の会議にも出ていた話題です。 【質疑応答】 渡部委員 内部進学生と外部受験生あるいは入試の種別で学生の特徴に違いがあるか? ⇒英語に慣れているとか人懐こいなどの性質はあるが、大きな違いは感じない。多様な学生がいる。 芝井委員 選抜性の高い大学と低い大学は分けて考えるべきと思うか? ⇒東大志望者も本学志望者も同じテストを受けている。分けて議論してもいいと思う。 小林委員  共通テストに望むことは何か? ⇒センターのみの入試を行っており、とても良問で使いやすい。受験者の母数が多く、私学にとってはありがたい。  最後に、この会議では、時間の都合で取り上げられなかったようですが、末冨委員から「拙速な9月入学・始業」の決定を避け、慎重な社会的論議を求める要望書が、萩生田大臣に提出されました。  次回の第8回の会議は6月5日に開催される予定です。 <文/清史弘>
せいふみひろ●Twitter ID:@f_sei。数学教育研究所代表取締役・認定NPO法人数理の翼顧問・予備校講師・作曲家。小学校、中学校、高校、大学、塾、予備校で教壇に立った経験をもつ数学教育の研究者。著書は30冊以上に及ぶ受験参考書と数学小説「数学の幸せ物語(前編・後編)」(現代数学社) 、数学雑誌「数学の翼」(数学教育研究所) 等。 
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