南風原朝和氏(東京大学名誉教授)-(大学入試改革の失敗を中で見てきた人の証言)-
【概要】
テスト理論の立場から意見を述べた。また、高大接続システム改革会議の元委員でもあり、当時、記述式について反対意見を述べたにも関わらず取り合ってもらえなかった経緯や会議から慎重論の委員が外された様子も語った。
英語から発音・アクセント・語順整序問題がなくなったことも問題視した。そして、今回の原因を理論的基盤の脆弱さと後戻りしない姿勢であるとした。
【解説】
南風原氏は、高大接続システム改革会議の元委員ですが、英語民間試験の利用などに疑問を持ち、途中から大学入試改革から排除された方です。文科省側としては、耳の痛い発言が多く出てきましたが、このような方を再び呼ぶことができたことは、現委員の功績の一つです。
南風原氏は大変重要なことを多く発表されました。少し長くなりますが、重要なことを一通り説明します。
その前に、「なぜ民間試験か?」を簡単におさらいしておきます。センター試験の第1問は、発音とアクセントの問題、第2問は語句整序等の問題でした。この部分が、ざっくりと4技能の「話す・書く」に相当します。しかし、第1問でいえば、「紙の上に書いたアクセント記号で『話す』ことを問うことになっているのか?」(間接測定)という意見と、「いや、それでもある程度は意味があるんだ」という意見がありました。
しかし、前者は「これでは話すことを確かめるには不十分だ」「だから、民間試験を利用した方がいいんだ」という論法を繰り出し、民間試験の利用案を強引に進め始めます。民間試験には、前回に渡部委員が指摘したように不備が多くあるのですが、推進派の人はその指摘を無視してしまいます。
しかも、推進派の何人かが、特定の民間試験業者の関係者であることも発覚し、それまで非公開で決めていた部分も注目され、にわかに決定過程が怪しくなります。問題点が次から次へと指摘され、昨年11月に民間試験の利用を中断し、しかし、センター試験の第1問、第2問がないままの共通テスト(すなわち、2技能のテスト)が、このままでは来年の1月に実施されそうだというのが現在地です。
さて、南風原氏の意見に戻ります。まず、最初に大学入試改革が頓挫した原因は2つあり、一つは「(1)気弱な理論的基盤・詰めの甘い制度設計」(砂上の楼閣)もう一つは「(2)工程表最優先・後戻り忌避の姿勢」(止まらない力学)とされました。そして、この(1)、(2)について詳しく述べました。
(1)については、理念やエビデンスが十分に検証されないまま、改革の掛け声を優先し突き進んだことがあげられました。例えば、「思考力・判断力」については、曖昧な概念で「学校の先生が、あなたのクラスは思考力・判断力がないと言われても何をどうしてよいかわからない。生徒もどうしてよいのかわからない。したがって、このようなものをテストで評価しようとしても道筋が見えてこないのではないか。」(1:15:37)と発言されています。
そして、民間試験導入に慎重な人達を排除し、民間試験推進派の人達だけでワーキンググループ(吉田研作氏、松本茂氏、三木谷浩史氏、安河内哲也氏など)を作り、非公開で会議をするようになりました。なお、このワーキンググループにはテストの専門家はいません。さらに、前回の会議で渡部良典委員の発言にあったように、民間試験導入に危惧した日本言語テスト学会の提言(2017年1月4日)などもことごとくスルーして、民間試験導入に突き進みます。
そうこうするうちに、次のようなことが起こります。2018年3月10日に、「東京大学として、現時点で業者テストを入学の試験として用いることはあまり正しくないだろうと、ちょっと拙速だろうと考えています」と発言していた東京大学が、わずか1か月半後の2018年4月27日に、「国立大学協会のガイドラインに従い、英語認定試験の平成32年度以降の大学入学共通テストにおける具体的な活用方策について検討することとしました」と急激な方針転換をします。そして、この間の4月10日下村議員が自民党の教育再生実行本部に東京大学の五神総長ら幹部を呼び出すということがありました。
また、時間は少し遡りますが、2017年9月にある連絡協議会で安河内委員が、センター試験の第1問、第2問などの「間接測定」を2020年度以降も残してよいのかと発言し、それを大杉審議役が改善を約束し、2018年2月に有識者のコメントが紹介されました。
しかし、その「有識者」というのは、元々安河内委員と同じ非公開の会議のメンバーの吉田研作氏と松本茂氏という民間試験を強引に進めてきた一派だったのです。すなわち、広く意見を聞くのではなく、明らかに賛成する人を選んで「有識者」のコメントとしていたのです。
記述式に関しても、2016年3月25日の高大接続システム改革会議で、南風原氏が当初イメージされていた記述式と比べ、その段階でかなり形骸化されたものになっていることを指摘したものの、安西座長は「ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか」とスルーした形で終わり、もうそのときには問題点を理解しようという姿勢はなかったようです。
要するに、これまでは形式上は会議を開き多くの意見を取り入れるように見えても、実際は、最初から向かうべき方向と結論を出すまでの期日は決定していて、それに都合のよい意見を集めたかっただけということです。
南風原氏は、センター試験の第1問、第2問は、「話す力」「書く力」の間接測定ではなく、「土台となる基礎知識」を評価・育成することで意味があるとする主張です。そして、今後のことを決める場合は、これまでの反省から「理念は正しいが……」と無批判に言わないこと、エビデンスを活用し、意見の違う専門家の意見を排除しないこと、決定過程の透明化、大学に圧力をかけないことなどが大切だと提言されました。そして、大学入試で問う「大学で学ぶのに必要な力」は、学習指導要領の変更で急に変わるものではないから、急ハンドルを切るのではなく、また、急仕上げで決めることのないようにこの会議に要望を出されました。
【質疑応答】
末冨委員
理念が膨張しすぎていると感じる。最低限決めておくべきルールをどう考えるか?
⇒2025年に向けてやらなければいけないことは何なのか峻別すべきである。
吉田委員
4技能の学習やスピーキング力は必要ないと考えているのか?自身の所属する広尾学園の教育は英語教育を推進しており、本日の発言と違うように感じる。
⇒4技能の学習に反対しているわけではない。複数の民間試験を入試に使うのが問題と考えている。広尾学園については特別な狙いをもって一つのやり方としてやっているので、それぞれの学校が特色をもって教育するのはよいと思う。