日本は超監視社会への途を歩むのか。成立したスーパーシティ法案の問題点と法成立後の課題。

スーパーシティでは地方自治・住民主権が破壊されてしまう

 第二の問題は、この制度が地方自治並びに住民主権と両立するかということである。今後、政府は全国で5カ所程度の地域を特区に指定する方針で、秋までに募集を開始し、年内の決定を目指している。計画を具体化し、実現するのは2022年以降になる見込みだ。  スーパーシティに選ばれるためには、自治体からの申請が前提とされている。しかし、「自治体」の首長の判断で応募することができ、議会の同意すら法的には要件とされていない。水道の民営化については、少なくとも議会の同意が明確な要件とされていたが、そのような要件もないのである。まして、住民の多数の同意などの手続はもちろんない。  国や自治体や民間企業、個人が持っているデータがAPI(アプリケーションをプログラミングするためのインターフェース)、そしてデータ連携基盤によって利用できるような仕組みとなっている。データ連携基盤としては自治体あるいは企業が想定されている。政府は、国会答弁において、外資系企業がデータ連携基盤となる可能性を否定しなかった。トロントのスマートシティの運営主体はグーグル社の子会社であった。  そして、外資系企業などを含むデータ連携基盤が様々な機関から入手・集積・分析したデータを適切に管理しているということをどうやって監視するのか、違法な行為が行われないことのチェックのための体制などは、国会質問によっても、全く明らかにならなかった。  このあたりの政府の答弁は著しくあいまいで理解が困難である。結局のところ、国や自治体が持っている膨大な個人情報や他の民間企業が持っている情報をある特定の民間企業が入手し、その会社に蓄積し、その会社の様々な利益のために、利活用することによって、大きな弊害が起きる恐れがある。  さらに、こんにち、民間企業の情報流出は大きな社会問題となっている。日本でも、防衛情報という最高度の機密情報を扱っていた三菱電機から、大量の機密情報がハッキングされていたことが今年の1月に発覚している。そのようなことがスーパーシティでも起きない保障はない。  有識者懇談会座長である竹中氏は、自治体が規制緩和と事業運営についての強い権限を持つという意味で、スーパーシティを「ミニ独立政府」とまで言い切っていた。データ連携基盤を運営する企業はビジネスとして自社の利益のために行動する。スーパーシティにおける主権者ははたして住民なのか、企業なのか、国民民主党の森ゆうこ議員は5月22日の委員会で質問した。 「端的におっしゃって下さい。このミニ独立政府における主権者は誰ですか、大臣」  これに対して、北村地方創生担当大臣はすぐには答えられず、しばらく審議を中断して「主権者は国民であります」と答えた。本当にそう言えるだろうか。自治が掘り崩され、住民の主権はこの制度の下で奪われるのではないか。この点が法案の最も重要な問題である。

我々はグーグルの実験用マウスではない

 この点については、カナダ・トロント市の例が興味深い前例を提供してくれる。  トロント市がウォーターフロント地区をスマートシティにしようと計画した。グーグルの関連企業サイドウォーク・ラブズが参画し監視カメラデータで住民の行動データを利用することが含まれていた。5月に同社のダン・ドクトルフ最高経営責任者(CEO)は、コロナ感染などにより、「経済がかつてないほど不安定」になっているため、計画を取りやめたと説明した。しかし、住民の反対によって中止されたとする見方もある。もともとの構想では、自動運転車やごみ回収の画期的な方法、人々の移動に関するデータ収集のための数百ものセンサーなどのテクノロジーを駆使した都市の実現が目指されていたが、住民による裁判が提訴され、原告らは、「カナダはグーグルの実験用マウスではない」と計画を批判していた。  アメリカのサンフランシスコ市議会でも2019年5月14日、公共機関による顔認証システムの導入を禁ずる条例案が可決された。大企業による顔認証システムの使用は、住民のプライバシー権の侵害を始め重大な問題をもたらすとして地域の住民が問題を提起し、条例によって警察や市交通機関を含むすべての地方機関は顔認証システムの導入ができなくなり、ナンバープレートリーダー、DNA解析などを含む監視技術を新たに導入する際には市の承認が必要となった。  他方で、スマートシティとして成功しているスペインのバルセロナの場合は、長い間掛けて住民との話合いが続けられ、センシティブな情報には触れないで、交通関係の住民の皆が喜ぶ技術を活かすという方向が示され、住民の反発は起きていないという。
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杭州のスマートシティの評価と中国と日本の地方創生に関する覚書
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