トランプ大統領が世界を震撼させた「漂白剤(家庭用消毒薬)を注射」発言はどれだけ危険か?

実はとても答えにくい質問

 バークス博士は、何故「死んでしまいます」と答えられなかったのでしょうか。フランクには、「そんなことしたら死にますがな。」と答えるものですが、公式の記者会見での医療アドバイザとしての出席ですので、これに即答できる人は殆ど居ません。バークス博士は、HIVとワクチンの研究者ですから、こんな無茶振りに答えられるわけがないです。真面目であるほど答えるのは難しくなります。会見の映像をみて、筆者はバークス博士が気の毒で仕方有りませんでした。  常識では、そんなことしたら体に悪い事までは言えます。しかし、より科学的に医学的に正確に答えることはできるでしょうか。  そもそも人間に殺菌剤=漂白剤を注射した研究が有ったか否かすら知る人が多く居るとは考え難く、動物実験があってもそれを知る人間が都合よくいるとは思えません。ヨーゼフ・メンゲレ博士がいれば、喜んで人体実験するかもしれませんが、結果は見えています。死んでしまいます。  但し、毒物専門医、中毒治療の経験がある臨床医ならばほぼ即答できたと思います。  筆者の場合は、故小森田精子先生から錯体合成を学んだこと、有機金属化合物を実験でよく使ったこと、超強力な酸化剤大好き化学者であったことから、ヘモグロビンが塩素酸類に酸化されて赤血球が機能しなくなることにピンときましたが、「メトヘモグロビン血症」という診断名については偶然前回記事のために調べていたから知っていました。  バークス博士の隣に錯体化学者か有機金属化学者が居れば、二人の知恵で即答できたものと思われます。

素朴な質問だが侮れない

 今回のトランプ氏の発言について、「陰謀論」まで持ち出す人まで居ますが、会見映像を見る限り、「太陽の熱と紫外線でウィルスが破壊される」「家庭用殺菌剤なら1分でウィルスを破壊できる」という耳寄りな話を聞いて記者会見の場で披露、バークス博士に意見を求めたというたいへんに単純な話に見えます。  実際トランプ氏は、会見中に記者団ではなくバークス博士を見ることが多く、バークス博士への信頼感と期待感を伺わせます。  しかし熱や紫外線までならなんとか答えられても、「ライソル*」を注射したらどうかということに科学的、医学的に公式の場で即答することは、余程専門性に近くない限り無理です。とりわけ真面目な人ほど答えられなくなります。 〈*家庭用洗剤、漂白剤の商標で合衆国ではタイドと共に有名〉
ライソル

photo via Lysol

 素人の素朴な質問ほど難しいものはないという典型事例となりました。筆者の場合は、偶然に専門ど真ん中に近いために「死にます」と即答します。理由もある程度答えられますがこれはただの偶然です。  この悲喜劇は、大統領記者会見で頻繁にアドリブをするというトランプ大統領の性格に根があり、一時は「もう勝手なことを言うな」と叱られて抑えていましたが、最近は我慢できなくなったと言うことで、「リアリティショウの面白おじさん」として合衆国市民に絶大な人気を誇るトランプ氏であればこそのハプニングと思います。  ただし、これは明らかにホワイトハウスのガバナンスの問題で、家父長的性格のある合衆国大統領の持つ爆弾でもあります。これまでもレーガン氏*などアドリブ大統領はいましたが、トランプ氏は別格です。 〈*定例ラジオ演説のマイクテストでレーガン氏は、「国民の皆さま、喜ばしいご報告があります。私はただいまソビエト社会主義共和国連邦を永遠に葬り去る法案に署名しました。爆撃は5分後に始まります」とアドリブ演説行い、後日外交問題に発展した。当時は、冷戦最悪期であり、手違いでオンエアされれば、最悪の場合、世界の終わりですらあった〉
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大統領のトンデモ発言の後始末にてんやわんや
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