いま、
『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書・大木毅著)が売れ続けている。
第二次世界大戦中、1941年6月のドイツ軍の侵攻から45年5月のドイツの無条件降伏までの間に繰り広げられた独ソ戦。ソ連側は約1億9000万の人口のうち2700万、ドイツ側も6930万人のうち、他の戦線も含め最大831万の人命を失うことになった4年にわたる戦争だ。本書でも詳述しているが、通常戦争から絶滅戦争へと変化し、さらに収奪戦争として戦われ、ホロコーストのきっかけともなった凄惨としか言いようのない戦争である。
この戦争についてドイツ、ソ連それぞれのこれまでの公式的な語りを乗り越え、豊富な資料や知見をもとに詳述したこの新書、売り上げは昨年7月の発売以降12万部を突破する勢いだ。初刷部数が1万2千部であることを考えると、異例のヒットと言えるだろう。しかも今年の新書大賞も受賞している。
しかし、なぜ独ソ戦の本が売れるのか? この戦争を「『人類の体験』として理解」するために執筆したというこの一冊がなぜ注目されているのか? ベストセラーとなった理由と特徴を、編集にあたった岩波新書編集部の前編集長永沼浩一さんにお教えいただいた。
そもそも永沼さんは、なぜこのテーマを選んだのか。
「独ソ戦は、人間のあらゆる悲惨が濃縮された史上未曾有の戦争であり、国の別を超え、『人類の体験』として知っておくべきである。そう考える私が独ソ戦をテーマに選んだのは、それが念願の企画だったこともありますが、近年は軍事や戦争に関する本が手堅く売れるという感触を得ていたからです」
自身の念願であっただけでなく、近年軍事ものが手堅く売れるという感触があったという。岩波新書には、ゼークト『一軍人の思想』、沼田多稼蔵『日露陸戦新史』、高木惣吉『太平洋海戦史』、林三郎『太平洋戦争陸戦概史』といった軍事もののラインナップがある。ここ数年でいずれも復刊が好評で、特にゼークトの『一軍人の思想』は2018年に、1943年以来75年ぶりの重版である。また、岩波書店以外の出版社から発売された軍事ものも、ベストセラーになっているものが多い。
「他社の新書に目を転じれば、一昨年ベストセラーになった吉田裕『日本軍兵士』(中公新書)がその好例です。また、『独ソ戦』の少し前に発売された、大木毅さんご自身の著書『「砂漠の狐」ロンメル』(角川新書)もヒットし、広く読まれました。吉田さんと大木さんの新書は、たんにヒットしただけでなく、歴史学の実証研究にもとづく軍事史・戦争史の著作として、非常に優れたものであったことが特筆されます。ここに、『独ソ戦』のベストセラー化を読み解く糸口があるように思われます」