岩波新書『独ソ戦』が異例のヒット! その背景にビジネスマンの「戦略的思考」ニーズ

戦略的な思考を学びたいビジネスパーソンにウケた

 では、なぜ軍事ものが人気なのか。従来、軍事についての書物は、戦記やノンフィクションといった読み物が主であった。ところが近年では、実践に基づく知識や実証研究をもとにした書籍が世に出るようになった状況があると指摘する。また、本書の刊行が、たとえば戦略的な思考を学びたいといったビジネスパースンの必要にも応えられるのではという考えもあったという。 「アメリカの企業では、退役した軍の高官が招かれて、副社長などの重要ポストに就くケースがあると聞きます。こうした人物の指導のもと、軍事的な概念や思考法を援用しながら、自社のビジネス戦略を練り、さらにはマネージャーとなるべき人材を育成するといいます。その善し悪しは別にして、戦略的な思考を必要とするビジネスの現場は、根本のところで軍事と密接に結び付いているのが現実です。  ところが日本では、アジア・太平洋戦争での侵略と敗戦への反省から、軍事は長らく社会から遠ざけられてきた歴史があります。そのため、軍事に関わる知識やそこから派生する戦略的な思考は、生身の人間(軍人)から伝授されるものではなく、もっぱら書物などを通じて学ぶものとなっています。また、その書物にしても、軍事や戦争に関する著作は、作家やライターが取材して書く戦記やノンフィクションといった読み物が中心であり、実践活動にもとづく知識、あるいは実証研究にもとづく知識をもとに書かれた著作はきわめて稀でした。たとえば、大学を中心とするアカデミアにおいては、狭義の軍事史・戦争史を専門とする研究者はきわめて少ない(皆無に近い)傾向にあります。そのため、学問のトレーニングを積んだ研究者の書いた軍事史・戦争史の本は、日本ではほとんど出版されてきませんでした。  吉田裕さんの『日本軍兵士』と大木毅さんの『独ソ戦』は、その空白を埋める最初の著作です。戦略的な思考を学びたいと考えるビジネスパースンは、単なる読み物でなく、学術的な裏付けのある、信頼するに足る著作を必要としていると思われます。そこで『独ソ戦』では、いわゆる「電撃戦」と呼ばれる戦術とドイツ軍のドクトリンとの関係や、日本では知られていないソ連軍の作戦術について、軍事学の観点から詳述していただきました。ビジネスパースンの学びにも役立つと考えたためです」  実際、売り上げデータに目を転じてみると、読者は主に30~40代男性が多いという。やはり働き盛りのビジネスマンによく読まれているようだ。

ミリタリーファン以外にも読者が広がった

 また、話題を呼ぶことになったのは影響力のある人物によるSNSでの推薦も大きかったという。これで当初の狙い通り、ミリタリーや歴史ものの読者だけでなくビジネスパースンにまで読者が広がったといったこともあり、5万部を超えるベストセラーに。 「大木さんの話によれば、『ハードな軍事ものの本が出れば必ず買う』という読者は約2000人だそうです。しかし、2000人だけでは新書は重版になりません。中公新書をはじめ、各社の新書では歴史ものが堅実ですが、初動の時期にはそうした読者に加え、歴史好きの読者が買い求めてくださったと考えられます。  そのうえでティッピング・ポイントになったのは、発売から約1週間後に、成毛眞さんがご自身のfacebookページで『今年のベスト新書』と紹介してくださったことだと思います。この投稿でアマゾンの総合ランキングは最高9位まで浮上しました。ここで、従来のコア層(ミリタリーファン+歴史好きの読者)とは異なる、いわば『第二層』の読者に広がったのではないかと推測しています。具体的には、成毛さんのフォロワーとなっているビジネスパースンたちです。岩波新書としては稀な、『独ソ戦』単独の全五段広告を新聞に掲載するなどして、こうした読者に支えられ、5万部あたりまで伸ばすことができたと考えています」
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