古参アンチが宏洋氏に違和感を抱く、さらに大きな理由がある。
宏洋氏は「大川隆法を神だと思ったことはない」と語り、霊言をインチキな「イタコ芸」だと語る。それが事実なら、
教団幹部時代に自らも「霊言」を行い講話でお布施をするよう煽ってきたのは一体何なのか。当時は信じていたというならまだしも、
ウソだとわかって信者に信じ込ませる立場を演じていたのだとしたら、詐欺ではないのか。
宏洋氏の多くの動画やSNSでの発言の中に、こうした点への後悔や苦悩をうかがわせる部分は全く見当たらない。今回、出版された手記も同様だ。
また宏洋氏は、脚本家や俳優を名乗り、いまなお前出の教団映画を自身の実績として挙げている。
幸福の科学の映画は、観客動員ランキングを上げるために、信者たちがチケットを大量に買い込み、知人などに配るだけではなく自身も劇場で繰り返し同じ作品を観まくる。中には1人で100枚単位のチケットを買う信者もいる。映画を観終えて劇場を出ては次の上映を見るためにまた新たなチケットで入る。アンチの間で「ぐるぐる回転菩薩」と呼ばれる「尊い宗教活動」だ(もともとは教団内で生まれた言葉だと言われている)。
古参アンチたちは、幸福の科学に振り回され多額の金を注ぎ込み家族関係を破壊されるなどした経験を持つ。かつて自分たちを振り回す側だった宏洋氏が、そのことを反省せず、また教団を批判していながら信者のカネで成り立っていた映画を未だに実績として謳うのを見れば、心穏やかでないのは当然だろう。
一方で、若い2世の元信者たち(親などが信者で幼少期から入信させられ、すでに信仰を失ったり教団に批判的な立場に転じている人たち)のSNSでの発言を見ていると、宏洋氏を支持あるいは擁護する声が目立つ印象だ。
ある古参アンチは、こうこぼす。
〈
宏洋氏には、せめて事実関係は正確に扱ってほしいと思ってYouTube動画の内容の間違いなどをSNSで指摘する。でも、そうすると宏洋氏ファンの2世たちから「アンチ宏洋」であるかのように見られている気がする。若い脱会者達との間に溝を感じる〉
もちろん宏洋氏だけが要因とは限らない。2世の人々は、自分の意志と関係なく親によって入信させられ、教団の大人たちに人生を振り回されてきた。
〈
宏洋氏も含めて、基本的に大人を信用していないのではないか。そんなことを感じることもある〉(前出の古参アンチ)
宏洋氏が発信する情報が正確さを欠く点や教団幹部時代のことについての後悔や苦悩が感じられない点については、私自身も古参アンチと同意見ではある。しかし、年代や立場が近い宏洋氏に共感する2世が多いのも当然だ。宏洋氏が教団を離れ、社会の中で自分なりの生き方を確立して見せてくれれば、それは間違いなく多くの2世の励みにもなる。
私は、もともと幸福の科学の信者ではない。宏洋氏に恨みもわだかまりもない。そんな私の立場からすると、
宏洋氏がこうした課題を抱えていること自体が「教祖2世」という境遇ゆえであり、これを理由に彼を否定してしまっては「カルト問題」「2世問題」の重要な側面から目をそらすことになるのではないかと思う。
だから宏洋氏の応援をしたい私の気持ちは、宏洋氏が教団を離脱してから現在まで変わらない。
宏洋氏の手記発刊に至る状況の解説だけで長くなってしまった。しかしこれには理由がある。宏洋氏の離脱以降の教団側の対応や、教団を批判する人々の間に生まれた溝など、これまでの流れを踏まえると、今回の手記1冊が「空気を変えた」ことがわかるからだ。
私自身、宏洋氏の手記にも従来のYouTube動画等と同様に、細かい部分で事実関係の記述が雑さを感じた。教団への名誉毀損と言える類のものではないが、詳細な検証を要するのではないかというやりとりを何人かの古参アンチとした。
ところが発売日から教団が、反論の声明文、機関誌記事、YouTube動画、6時間もの反論座談会の公表、反論書籍の緊急出版、記事や動画の削除、再掲といった目まぐるしい動きを見せた。おかげで古参アンチたちの興味の中心は当面、宏洋氏の手記の検証より、教団による反論の証拠保全や検証に向けられている。
たとえば、教団の公式サイトの声明文には、こう記載されている。
〈
宏洋氏は同書で、総裁が行事の際に身に着ける袈裟などについて、一回しか使わないものにお布施を無駄に浪費しているなどと批判しています。しかし、これは事実に反します。総裁が身に着ける袈裟などは何回も使用していますし、使われている装飾は主にビーズ等で、決して高価なものではありません。また宏洋氏は「時計は特注だ」としていますが、これも事実ではなく、一回しか使わないということもありません。またスーツについても、特注ではなくオーダーメードで、30着程度のスーツを組み合わることで、年間200回から300回程度の説法に対して、同じ衣装を何度も着ているように見えないよう工夫されています。〉(〈
宏洋氏と文藝春秋社の虚妄を正す『幸福の科学との訣別』宏洋著(文藝春秋刊)への幸福の科学グループ見解〉より)
この声明文で〈30着程度のスーツを組み合わる〉と書かれている点について、Twitter上で古参アンチが検証している。30着どころではない、教団が公開している大川総裁の画像を見るだけでも80着以上あるだろう、と。中には、普段遣いや使い回しをするにはあまりに奇抜すぎるデザインのスーツもある。
前述の通り、宏洋氏は当初「アンチ活動」をしない旨を表明していた。しかし教団側の威嚇的な行動が、宏洋氏の教団批判を継続させ深刻化させた。そして今、手記の出版に対する教団の過剰反応が、ネット上の幸福の科学批判者たちの間にあった溝を(一時的かもしれないが)吹き飛ばし、騒ぎを盛り上げているのだ。
教団の行動が宏洋氏という油に火を注ぎ、宏洋氏のYouTubeや手記が幸福の科学という油に火を注ぎ、そしていま手記に対する教団の反応がネット上のアンチという油に火を注いでいる。
手記をめぐる一連の騒ぎで教団が公表した映像の中で大川総裁は、こんなことも口走っている。宏洋氏は大川総裁の遺産が目当てなのではないかとする内容に続けての言葉だ(カッコ内は私による補足)。
〈
(宏洋氏は)財産分与が平等に流れると思っているんだと思いますが、残念ながら私は自分の収入を教団に寄付していて財産が増えない。この前(教団の)法務室もからめて書いたもの(遺言書か)で、自分が死んだ時の遺産相続としては、財産を全部キャッシュに変えて教団に寄付するというふうに入れているので。子供への財産分与はありません〉(
宏洋さんが失った「最大の遺産」【宏洋はなぜ堕ちてゆくのかシリーズ1】より)
「宏洋に財産はやらんぞ、ざまあ!」と言わんばかりだが、これでは現在の妻(きょう子氏との離婚成立後1カ月で大川総裁が再婚した29歳下の教団職員・紫央氏)や残り4人の子供たちにも遺産が相続されない。教団の権力を手に入れるか、権力を手にした者の下につかなければ、大川総裁の財産の恩恵に預かれない。
大川総裁は、宏洋氏という油に火を注ぐついでに、教団内に権力・財産争いの火種を仕掛けたと宣言したようなものだ。
宏洋氏の手記の内容以外でのこうした流れを踏まえて読むと、宏洋氏の手記は一層味わい深い。
宏洋氏は手記の出版を告知した
3月10日投稿のYouTube動画の中で、こう語った。
〈隆法チャン?? これ一発で終わると思う? まだまだやるからね? 隆法チャンが地獄に落ちるまで徹底的に追い詰めてあげるからね~〉
1冊で終わらず、第2、第3の「暴露本」でも出すのか。それとも何か別の企画があるのか。
当然それにも教団は強く反応するのだろう。
<取材・文/藤倉善郎>