「触れてはいけないものとして扱わないで」 母親を孤立させる流産・死産の実態

天使イメージ

Dominic Winkel via Pixabay

 死産により赤ちゃんが亡くなる件数は、年間約2万人に上ると言われている。妊娠12週以降の妊婦さんのうち、約50人に1人が死産を経験している、ということだ。死産となった場合も通常と同じく、陣痛を経て出産を行うため、母体には身体的な負担がかかるのはもちろんのこと、精神的な喪失感に見舞われ、のちの社会復帰を困難にするケースも少なくない。  一度は妊娠した命を、流産・死産や新生児死で亡くした親のケアは、十分でない。死をタブー視し、触れてはいけないことのように扱われること、または軽視されることにより、特に母親が社会的に孤立していくことは少なくないと言う。  現在、こうした問題に取り組むべく啓発活動に取り組んでいる団体がある。メンバー全員が複数回の流産、妊娠中期や臨月での死産を経験している「Baby Loss Family Support ‘Angie’(アンジー)」だ。赤ちゃんを亡くした親に対する精神的なケアの必要性を周知すべく、現在クラウドファウンディングを実施している。  社会的にまだまだ認知されていないこの問題の背景には、どのような実態があるのか。「Angie」の共同代表である菅美紀さん・小原弘美さんと、メンバーの平尾奈央さんに話を聞いた。

「#天使ママ」で繋がる当事者たち

 流産・死産で赤ちゃんを亡くした母親たちは通称「天使ママ」と呼ばれている。最近ではSNSを通じて「#天使ママ」で繋がる当事者が増えていると言う。 「子どもを亡くして初めて天使ママという言葉を知りました。キラキラネームだと揶揄され、言葉自体に偏見を持つ人もいるようだけれど、私たち当事者にとっては同じ境遇の人たちと繋がることのできるキーワード。大切な言葉です」(共同代表・小原さん)  流産や死産を経験して、一番最初に抱くのは「なんで私だけ」という気持ちだ。「同じ境遇の人たちの体験談を知ることで、私だけじゃないんだ、と思える。当事者同士の繋がりは、その後の心の回復にとても大切なんです」(小原さん)  もちろん、オープンに経験や気持ちを共有できる人ばかりではない。インスタグラムで「天使ママ」用のアカウントを作り、身近な人に見られない形で感情を吐露しているケースも多いという。

流産・死産がきっかけで離婚に至るケースも

 メンバーの平尾さんは、12年前に死産を経験した。「現在ほどSNSが普及していない時代で当事者との繋がりを見つけることもできず、10年もの間、自分を責め続けました」(平尾さん)  流産・死産をきっかけに、夫婦間の関係が悪化するケースも多い。「赤ちゃんを亡くした女性はなかなか日常生活に戻ることができず悲しみの渦中にいますが、旦那さんは周囲から『奥さんを支えてあげてね』と言われてしまう。  旦那さんも悲しいはずだけれど、仕事をすることで奥さんを支えなきゃ、と思うが故に、悲しみを押し殺して日常生活を送ってしまいがちです。母親は普段通り仕事をしている旦那さんをみて『どうしてあなたは悲しくないの?』と思ってしまう。悲しいすれ違いが起きてしまうんです」(平尾さん)  平尾さんの場合は、入院中に電話をした際、それまで一度も涙を見せたことがなかった夫が電話口で泣いているとわかり、「夫も悲しい思いをしているんだ」と気づくことができたおかげで、それ以降悲しむ素ぶりがみられなくてもすれ違いを避けることができたという。母親だけでなく配偶者にとっても、自分の子どもを亡くしたことに変わりはない。その悲しみが、夫婦の関係にまで亀裂を走らせるという悪循環に発展してしまうのだ。
次のページ 
「触れてはいけないもののように扱われるんです」
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会