『1917 命をかけた伝令』、前線へ向かう旅が「行きて帰りし物語」である理由

※本記事には映画のネタバレが含まれます。
1917 命をかけた伝令

『1917 命をかけた伝令』公式サイトより

 2月14日より、映画『1917 命をかけた伝令』(サム・メンデス監督)が公開されている。第一次世界大戦の西部戦線における1日を描いたもので、『007 スペクター』でも見られた疑似的ワンカットの技術を駆使した作品だ。第一次世界大戦を描いた映画は無数にあるが、全編にわたって一つのワンカット映像にみえる演出が、これまでにはない独特のリズムと没入感を映画に与えている。

第一次世界大戦という体験

 第一次世界大戦は、それまで人類が経験してきた戦争とは全く違ったものだった。まず、死傷者数が莫大になった。最大の会戦とされる「ソンムの戦い」は、1916年7月から5か月近く続き、両軍合わせて約100万人が犠牲になった。本作の主人公の一人であるスコフィールドがソンムについて言及したがらないのも当然だろう。最終的には、戦死者だけでも約1000万人を数えた。  戦争の形態も大きく変わった。機関銃の発達が防御側圧倒的有利の状況を生み、西部戦線はイギリス海峡からスイスに至るまでの塹壕戦となった。新たな兵器も使われるようになった。戦車、飛行機、毒ガス。だがいずれも決定的な打開策には至らず、各国の青年たちは「鋼鉄の嵐の中で」(E・ユンガー)の、これまでにない戦争を体験していくことになった。

RPGのようなストーリー

 映画のストーリーは、1917年4月のある日、2人のイギリス人兵士、ウィリアム・スコフィールドとトム・ブレイクが、前線の部隊を全滅から救うための伝令として、命令書を受け取ることから始まる。同年2月にはロシア帝国で革命が起こり、また3月にはアメリカ合衆国が協商国側で参戦している。硬直した戦争が少しずつ動き始めているが、いまだ西部戦線では果てのない塹壕戦が続いている。命令書を受け取った二人は、塹壕を抜け、危険な前線へと向かう。  そこからは一本道である。敵の罠を潜り抜け、仲間の死を乗り越え、友軍と遭遇。廃墟の街を越えて、川に流され、前線の部隊と合流し、目的の人物と会う。情報やアイテムを入手し、それぞれのステージごとに与えられたミッションをクリアーしていくシークエンスは、あたかもロールプレイング・ゲームのデモ映像を見ているかのようだ。

第一次世界大戦の疑似体験

 この映画には、監督サム・メンデスの祖父が第一次世界大戦において体験した出来事が、ストーリーの中に組み込まれているという。我々は第一次世界大戦という歴史を、ゲームのような一続きのシークエンスの中で、無意識のうちに疑似体験していく。  だが、歴史を体験するとはどういうことだろうか。第一次世界大戦を体験した当事者は、第一次世界大戦という「歴史」を体験しているわけではない。当事者の原体験は直接的に歴史化されることはない。体験は、口述であれ、文章のかたちであれ、言語として語られることによって、分節化され、解釈されることを通して、ひとつの史料となる。そうした史料の集積が、歴史家によってまた分析され、解釈されることによって、歴史が誕生するのだ。だからこそ歴史とは「現在と過去の終わりなき対話」(E・H・カー)なのである。したがって我々は、歴史なるものを原体験することはできない。可能なのは、解釈された歴史を追体験するだけなのだ。
次のページ 
シークエンスとしての歴史体験
1
2
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会