PWRの制御棒クラスタは、存外図表など説明がまとまっていません。そこで今後の理解のために簡単に図を用いて説明します。そのため説明文の多くは図のキャプションとなっています。
PWRの制御棒クラスタ
制御棒は、炉心で均一に中性子を吸収するために左のようにクラスタ化されている。
左の制御棒クラスタが、右側の制御棒駆動軸と接続され、上下に操作される。
定検時には、制御棒駆動軸と制御棒クラスタの連結が外れ、制御棒クラスタは重力で炉心に留まる。制御棒駆動軸と制御棒クラスタの連結はラッチで行われ、これは定検時に専用工具で解結される。
今回のインシデントでは、48本中1本の制御棒クラスタが、駆動軸との連結を解除されていなかったと考えられる
日本原子力研究機構(JAEA)より引用
制御棒クラスタと駆動装置、炉心上部構造物の位置関係
緊急時には、駆動装置の電磁石への通電が止まり駆動装置の電磁石が消磁することによって制御棒駆動軸は、重力落下する。これはBWRと異なり受動安全性に優れた高信頼のシステムである。
定検時にも駆動軸の電磁石への電力供給は止まっており、人間による解結作業によって制御棒クラスタと駆動軸は分離している。今回、制御棒クラスタ1本が、駆動軸から分離せずに上部構造物と一体になって炉心から引き抜かれた
伊方発電所3号機制御棒挿入性の評価における応答倍率法の適用性2009/12四国電力より引用
PWRでは、BWRと異なり原子炉容器(BWRでの圧力容器)内上部に蒸気乾燥器などの構造物がないために制御棒、計装機器などは原子炉上部から差し込まれます。そのために制御棒は緊急時に原子炉内へ重力で落下できるために構造が単純となります。
蓋が閉まっている状態の原子炉において制御棒クラスタは、燃料集合体から完全には引き抜く事ができませんので、原理的に制御棒が燃料集合体から外れて差し込めなくなるということはありません。従って、何か重大な事象が生じた場合でも電磁石への電力供給が止まり駆動装置が消磁することで全制御棒クラスタが重力落下し、直ちに核反応は止まります。
この反応度制御における高い受動安全性は、原子炉内に自由水面がないこととあわせてPWRを艦船用動力炉として大成功させた要因といえます。
今回の重大インシデントは、この高い受動安全性を阻害する可能性を内包するものですので、原因究明と再発防止は急務です。
PWRの制御棒駆動系に関して、報道や事業者による発表を理解するには、ここまでにご紹介した図とその説明でだいたい十分です。今後の報道等の理解に活用してくださると幸いです。
このように信頼性と受動安全性に優れたPWR制御棒駆動機構において1本の制御棒クラスタが誤引抜を起こしたことは、現時点では原因と経過が分かっていません。*
〈*筆者追記:その後の
四電発表(なぜかホームページにない)によると本来定検作業で解結されているはずのラッチが1本について連結されたままだったとのことである。
制御棒駆動軸と制御棒クラスタの解結作業での人為的ミスが起きたためと思われますが、真相はまだ全く分かっていません。これはインシデントとしてはたいへんに重要度が高いです。
再度書きますが、原子炉工学において、制御棒が人間の意図とは違う動作をすることは最もあってはならないことです。例えば、原子炉トリップ(BWRでいうスクラム、緊急停止)のさいに、制御棒クラスタが自由落下しないというのはあってはならないことです。勿論、その場合はほう酸の注入や復電後に制御棒駆動機構を用いて挿入することとなりますが、制御棒の反応速度は著しく遅くなります。大きな地震の時など、制御棒駆動の信頼性に僅かでも疑念が生じてはいけないのです。今回は、定検時の制御棒解結忘れが原因であるため、前述の例とは全く異なりますが、燃料集合体や制御棒クラスタ、制御棒駆動機構を損傷する可能性があるインシデントでありかつ、複数の制御棒クラスタで生じた場合は、複合的要因で臨界・臨界前核反応などが生じてもおかしくはありません。
ですから、「制御棒1本くらいで騒ぐのは情弱」などと言う人には、原子力安全を語る資格が全くありません。
今回、伊方3号炉で発生した制御棒クラスタ引抜は、それが例え1本であり、その場での安全に影響がほぼないにしてもPWRにおける原子力安全の根幹に関わる極めて重大なインシデントなのです。
前述の暴言を垂れ流した人達は、インシデントの重要さを全く理解できない、デマゴーグであり、原子力にとって最大の敵と言えます。
四国電力には、三菱重工、国、PWR電力各社と協力の上で一刻も早くのこの重大インシデントの共有と完全解明、知識化、対策を望みます。
今回はここまででとし、次回以降も引き続き伊方発電所で生じたインシデントについて解説する予定です。
※2020年2月6日14時17分 一部追記あり
◆伊方発電所3号炉第15回定検における重大インシデント多発(2)
<文・写真/牧田寛>