――中村さんは仕事で海外にいらしていることも多いですが、海外と日本における映画の制作の状況の違いについてはどのように感じていますか?
中村:技術が発達して映画を作りやすい環境にはなっていますが、日本は助成金の種類も額も少ないので、資金調達が本当に大変ですね。フィクションの映画は大手の数億円規模の作品か数百万円の自主映画しかないと言われています。4,000万円ぐらいの中規模の映画の実現が難しいですね。
――全体予算の一部に対する助成金しか認められていないことも使いづらいと聞きます。例えば、助成が全体予算の5割と定められていたら、助成金が500万円下りたとしても1000万円の予算の映画にしなくてはなりません。残りの500万円を自力で集めないと500万円の助成が受けられないシステムです。
中村:しかも助成金が出るのは作品完成後なので、手元に現金がなかった場合、お金を借りなくてはならないのが大変です。ヨーロッパだと、あらゆる助成金があって助成金だけで映画を作る人もいますし、映画の製作開始前にお金が出ることもあります。日本の助成金は作り手にとっては使いづらいものになっています。
フランスや東南アジアの方が、助成金が出やすく使いやすいと言って、海外に出る映画監督も増えていますね。
――ドキュメンタリーについてはどうですか?
中村:日本はドキュメンタリーに関してはテレビが強いですね。でも、これは言ってはダメ、あれは言ってはダメという自主規制もあります。
欧米のドキュメンタリー作品は、ナレーションが入っていないものも多く、どこまでがフィクションかドキュメンタリーかわからない作品もあります。そういう意味では、海外ではドキュメンタリーとフィクションの差はないのかもしれませんね。
――中学校を卒業してから留学し、高校・大学をロンドンで、大学院はニューヨークで過ごしていますね。
中村:元々洋楽が好きで英語を勉強していたこともありますが、日本の学校での勉強の仕方に不満があったんですね。本を1冊も読まないで抜き取られた部分だけを読んで感想を書いたりすることがおかしいんじゃないかと思っていました。
ロンドンでは寮制の高校に通っていましたが、授業でたくさん本を読んでひたすら論文を書いていました。週に6~7冊読んで書いていました。なので、今でも、小説を読み始めてもすぐに読み終わってしまうんですね。もったいないと思っています。
――日本とは全く違う教育ですね。
中村:歴史の授業も全く違います。「ナチズム」を徹底的に3年間叩き込まれます。高校時代だけで電話帳のように分厚いナチズムの本を3冊も読みました。
ヨーロッパでは、ナチズムはヨーロッパ全体の贖罪として子どもに叩き込むんです。ドイツの学生は修学旅行は必ずアウシュビッツに行って「絶対にこういうことがあってはならない」とお金をかけて教育しているんですね。
――そうなんですね。
中村:なので、日本に帰って来てびっくりしたことは、韓国との問題にしても「お金を払ったのでもう解決している」という論調の人が多くいることでした。
日本の歴史の教科書は戦中戦後がとても薄いです。当時の日本が現在の韓国や朝鮮の人たちに対してしたことについては教科書に記載がありません。子どもたちに全く教えていないんですね。にもかかわらず「その問題は日本が賠償金を払って解決しました、終わった話だから忘れてください」という姿勢です。
――確かに。
中村:そして、それは福島の原子力発電事故も同じことなんです。お金を払ったから忘れてくださいと。でも、それだと同じことが繰り返されてしまいますよね。
日本の社会は同調圧力が強いので、日本人は忘却のスピードが速いんです。戦後の復興は全て忘れて一からやり直すという意味で、忘却のスピードの速さが有効に働きましたが、それにはいい面も悪い面もあります。海外と日本では、歴史観の違い、教育観の違いを感じますね。