2019年から2020年に年も変わろうというこの時期、皆さんいかがお過ごしだろうか。出版業界では、本が売れないなんて言われてから、はや数十年……。2019年も出版不況はガッツリ業界を覆っていた。
作る側、売る側にも未だ起死回生の策がなく、泣きたいような気分の今日この頃ではあるが、とりあえずそれは脇に置いて、ここは面白い本があれば読むんだけどな……という善男善女の皆さん向けのブックガイドを送りたい。
榎本智至さん
涙あり笑いありダークありエモーショナルあり、かつ大手出版社の書籍だけじゃなくて、ミニコミなど自主流通出版物に至るまで、2019年のオススメ本を振り返ってくれるのは
模索舎の店員である榎本智至さん。
模索舎とは新宿2丁目、昨今話題の「桜を見る会」が開催される新宿御苑の近くにある、「ミニコミ(自主流通出版物)・少数流通出版物」を扱う書店だ。その筋の人には、新左翼の機関紙などを幅広く揃えている、なんていうのでも名高い書店だが、音楽や映画などカルチャーや、いろんな想いの詰まったZINE、ミニコミなども幅広く揃えている。
模索舎
今でこそこういった独立系書店は増えているけれど、2020年には前身から数えて創業50年という、その種の書店のさきがけでもある模索舎の太鼓判だけあって、いわゆる「普通」ではないけれど、自分の身の回りのしんみりした話からアナキズム、フェミニズムなど世界の社会問題に至るまで、エッジの効いた本や雑誌がガイドのラインナップには並ぶ。ぜひご一読あれ!
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『で、オリンピックやめませんか?』(天野恵一・鵜飼哲(編) 亜紀書房 1600円)
来年の東京五輪、ハッキリ言っていまから憂鬱な人って多いんじゃないですか。例えば千駄ヶ谷の公営住宅、霞ヶ丘アパートの住民が住まいから追い出されて、そして新国立競技場が建てられた顛末なんか、ホントおっかないし呪わしい。祝賀資本主義なんて言葉もありますが、メガイベントの影で誰が儲けて、どれだけの人びとが暮らしを破壊されるかなど、五輪のなにが問題かをいろんな論点を挙げてきっちり提示した本です。
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『TRICK-トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(加藤直樹著 ころから 1600円)
タイトル通り、関東大震災での『朝鮮人虐殺』をなかったことにしたい人たちが明確な目的意識を持って虐殺否定論をつくっていく、その「トリック」を暴く本です。いわゆる歴史修正主義がこの期に及んで日本ではいまだ根強いですが、それがどうやって再生産されていくのかを怒りを込めて振り返ることもできる。うちでは継続的に売れていますが、これが売れるのはいいことだと思います。
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『完全版 自由論 現在性の系譜学』(酒井隆史著 河出書房新社 1800円)
やっぱり、今の地獄みたいな社会状況をどう捉えるか、それのなにがヤバいのかということを考えなきゃいけないと思っていて、そうするとネオリベラリズムってきちんと見つめ直さないわけにはいかない。2003年に出版された『自由論』(青土社)に補遺もつけて、16年後に出た完全版ですが、本論の内容は最低限の手直しだけということで、そこからも、わたしたちがいかにネオリベラリズムが充填された世界をずっと生きているのかも考えさせられますし、そこからのエクソダスのための武器にもなる。マジな話、もっと注目されていい一冊ですね。
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『夢みる名古屋 ユートピア空間の形成史』 矢部史郎著 現代書館 1800円
矢部さんの『夢みる名古屋』、編集したのがこの記事の書き手なので、お手盛り感炸裂というか、入れるのに躊躇もしましたが、いやいい本ですよ。モータリゼーションと貫徹された都市計画が、どれだけ非人間的で人類みなドン引きな都市をつくりあげたか。実は結構な数の人々が何となく感じていることを腑にストンと落としてくれた本。名古屋こそ日本の典型的な都市だ、という見立ての上に、話題は暴動に犯罪に都市伝説にジェットコースター的に展開して、不思議に惹きつけられる面白さがあります。