台風15号における千葉県の「山武杉」倒木と、忘れられた「昔の知恵」

「健康な木々が、人間の生活と共存する」という知恵

健康な杉林

台風でも無傷で、風を緩和して暮らしの環境を守った健康な境界木(山武杉)

 続いて高田氏が発言した。 「今後、いちばんの問題となってくるのは『山武杉が問題』『病気だ』と一斉に伐採したり、電線を守るために樹木を伐採したりということ。今までやってきたことに意識を持たず、こうしたやり方が大規模に行われる可能性があります」  山武杉はこれまで、伝統的な自伐林業によって不利な条件を補いながら生産され、価値を保ってきた。大規模伐採は千葉の山林を荒廃させかねない。 「山武地域では今回の台風で瞬間最大風速50メートル超の風が数時間吹き荒れました。しかし、海沿いと比べると、建物への直接的な被害が少なかった。細かく見ていくと、かつてあった知恵が明らかになってきます」
防風林

風の強い千葉県中部(山武地域)にて不可欠だった防風林に、伝統的に用いられる山武杉

 これまで、畑の縁に防風帯を細かく区切りながら住めるようにしてきた。山武地域では中世以前からかなりの密度で居住がなされてきた歴史があるという。 「防風帯は、今回の台風でも確かに折れるものは折れました。でも、被害は非常に少なかった。防風に使われる木の多くは山武杉。決して風に弱いわけではない。こういう使われ方をずっとしてきたんです」  防風帯の木々は決して風を「止めている」わけではない。止めてしまうと、その風はさらに勢いを増して他の地域に押し寄せる。木々がしなり、そよそよと吹かせることで風の力を調節するのだ。  さらに木々はたくさんの水を地中から吸い上げる。吸い上げた水は気化熱を奪い、地表の温度と差を作る。これによってそよ風が常に流れ、空気を澱ませなくする。これが防風帯の働きだ。 「木々が健康に生きて、町や私たちと共存していく。昔の人が体感的に得てきた知恵です。これが吹きさらしの大地を豊かな環境に変え、暮らしを保たせてきました。そうした知恵を今こそ、もう一度しっかり思い出す必要があります。失ってしまってからでは遅いんです」

自然の摂理に抗えば、かえって環境を悪化させる

ねじれながら育つ山武杉

ねじれながら成長するのが山武杉の特徴

 山武杉の特徴は「挿し木」であること。いわば、すべてが「クローン」だ。ねじれながら成長していく。これが強さの秘密でもある。全国の杉材の中でも、伝統的に土台に使われてきた例は他にはほぼない。 「林野庁は『山武杉のスギ非赤枯性溝腐病が森林被害を助長した。森林管理を急ぐべし』と結論づけるに決まっています。『スギ非赤枯性溝腐病』とは何か。東京の四谷から高井戸、杉並の一帯は、かつて吉野に匹敵する杉の産地として知られていました。  この四谷林業地を壊滅させたのが『スギ赤枯性溝腐病』と言われています。ただ、実際には都市化のため、自然の摂理の中で杉は消えていった。『スギ非赤枯性溝腐病』とは『赤枯病菌によらない溝腐病』の意味です。  恐らく山武杉を皆伐した後には『スギ非赤枯性溝腐病に強い木を植えよう』ということになる。これでは駄目。今度は『スギ非非赤枯性溝腐病』が出てくるだけです」  人間は自然の摂理に従って生きるしかない。それに抗おうとしても、かえって環境を弱体化させるだけだ。結果として暮らしそのものを壊すことにつながる。
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見直されるべき体感や「昔の知恵」
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