◆参入企業
前回は主に世界を対象に市場展開している企業をリストアップしたが、今回はアジアや中南米、中東アフリカなどの各地域をマーケットを表にしてみた。もちろんヨーロッパや北アメリカにも多数存在するし、香港でネット世論操作が積極的に行われているのは報道の通りであり、そして日本も他人事ではない。この表は氷山の一角にすぎない。全てをあげると切りがないほど参入企業や個人は多い。
◆市場規模
ネット世論操作産業の市場規模を推定することは困難であるが、まずその定義によっても大幅に変わる。たとえばHUAWEIをネット世論操作企業に含めるのか、一部事業だけ含めるにならばそれはどれか? といった基本的な線引きが難しい。さらに、中国系SNSプラットフォームは中国の意向に沿った検閲を中国以外の国でも行っていることが指摘されており、もしそうであるならSNSプラットフォーム自身が監視ビジネスに含まれかねない。さらに拡散ビジネスに携わる集団は表には出てこないうえ、大小無数の業者がいる。
確実に言えるのは、Dual-Use Technologiesも含めて算出した方がよいということだ。なぜなら、世界の圧倒的多数を占める「完全な民主主義」以外の国がその技術を使う場合、その用途は好ましくないものになる可能性が高いからである。世界のほとんどは「完全な民主主義」ではなくなっており、専制主義や独裁はもちろんだが、日本のような「瑕疵のある民主主義」は専制主義や独裁国家と貿易を行い、経済支援や軍事支援を行うことで人権を重んじる旧来の民主主義を崩壊させる手助けをしているのだ。
HUAWEIの監視システムソリューションは法人向け事業に含まれる。その年商は
74,409百万元(およそ1.2兆円。2018年度アニュアルレポート)であることから考えても、監視システムソリューションだけの市場でも数兆円規模に膨らんでいることは間違いないだろう。これにNSOグループやZeroFoxのようにツール販売と運用を行っている多数の業者が存在している。
なお、HUAWEIの法人部門の売上げの半分は中国国内であるが、次いで大きなものはEMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)で全体の4分1を上回る
204,536百万元(およそ3千億円。2018年度アニュアルレポート)となっている。
拡散ビジネスの市場規模の推定は監視分野よりもさらに難しい。またどこまで含めるかも難しい。なぜなら明らかに違法と考えられるものもあるからだ。これはあくまで私の意見だが、おそらく攻撃分野の市場規模は防御のそれよりも小さい。ただし、このふたつの市場には大きな違いがある。
監視ビジネスの市場はインフラなどへ投資がかさむ分、導入時の売上げが大きく、市場勃興期は爆発的に成長する可能性がある(つまり今!)。しかし需要が一巡すると、落ち着き、メンテナンスとアップグレード需要中心になる。一方拡散ビジネスの市場は初期投資がかさむことはないものの、人手によるオペレーションやフェイクアカウントやサイトのテイクダウン、検知技術の向上などから定常的に一定の需要が見込まれる。
フェイスブックと中国の寡占状態にあるSNSプラットフォーム
最後にここまで述べなかった重要なことを紹介したいと思う。世界のSNSはフェイスブックグループと中国系サービスの寡占状態にある。利用者ランキングトップ10は
フェイスブックグループ4つと中国系5、それにYouTubeである。SNSのシェアを示す統計はさまざまな種類が存在するが、その多くからは中国のSNSが除外されている。仮に含まれていてもWebChatとTikTokに留まる。
2019年SNSアクティブユーザ数ランキング (statistica調べ)
ネット世論操作においてSNSは重要なプラットフォームである。国家規模の作戦で重要な役割を果たすものが、フェイスブックとグーグルという私企業によって運営されているものと、中国企業によって運用されているものが上位を占められているのは今後の情勢を考える上で重要である。
新しい戦争は国家対国家以外でも起こり得る。私企業と国家が戦争を始めてもおかしくない。
また
フェイスブックはネット世論操作を排除するとしているが、ネット世論操作を政府自身が仕掛けているラテンアメリカ、アジア、アフリカの国々は同社の利用者の70%を超えている。ネット世論操作に悪用されているからといって当該国でのサービスの提供を止める選択肢はなく(実際、止めたことはない)、市場シェアを維持するためには黙認せざるを得ないのではないだろうか? フェイスブックは定期的にアカウントを削除するなどの措置を講じているが、その数は全体から考えるとわずかである。
さらに、中国企業のSNSは中国政府の意向を汲んだ検閲を行っていることが最近指摘されており(参照:
『Revealed: how TikTok censors videos that do not please Beijing』2019年9月25日、The Guardian)、SNSプラットフォーム自身もじょじょにネット世論操作産業の一部に組み込まれつつある。
総合ソリューションとしてパッケージ化されつつあるハイブリッド戦
こうして見てくると、個別の産業分野では目立つ存在があるものの、全体を総合すると中国の存在感は圧倒的である。
ロシアのクリミア侵攻はハイブリッド戦の見本となった。現在、香港はチャイナモデルによる総合ソリューションの実験上ようになってきている。香港で起きていることは、他人事ではない。成功すれば他の国に総合ソリューションとしてパッケージで提供されることになりかねないのだ(参照:
『世界に拡大する中露の監視システムとデジタル全体主義』|HBOL)。
私はこれから5年間で世界の様相はがらりと変わる=今の形の民主主義が死ぬ可能性を
記事にした。民主主義を違う形に変貌させる大きな要因のひとつが、ネット世論操作産業から提供されるパッケージサービスである可能性は高い。
【参考記事】⇒
極論主義とネット世論操作が選挙のたびに民主主義を壊す。このままでは5年以内に世界の民主主義は危機を迎える
◆シリーズ連載/ネット世論操作と民主主義
<取材・文・図版/一田和樹>