「水を運ぶ人」から「便をもらう人」へ。鈴木啓太の挑戦

便からやってる競技がわかる!?

 便を見ることでわかったことは多いが、その一つにトップアスリートの腸内には共通する条件があるということだった。 「トップアスリートの腸内は一般の人に比べて『酪酸菌』が2倍も多く、また菌の種類が豊富だということがわかっりました」(冨士川氏)  この知見をもとに開発されたのがサプリメント「AuB BASE」で、2019年12月初旬から販売開始予定だという。すでにクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で先行販売しており、目標額100万円を大きく超える367万4000円の支援が集まっている。
マクアケ限定_リターンのオリジナルパーカー、Tシャツ

マクアケの出資者にはリターンもある。その一つがこのオリジナルパーカーやTシャツ(22000円のプラン)。写真提供/AuB

 さらに、これまでの研究活動を通じて得られたデータを学習させるAIシステムを構築したことで、アスリートの便のデータからその人の競技をほぼ特定できるレベルまで腸内環境の特徴分析は進んでいるという。サッカーとラグビー、陸上(長距離)に限っては、92%の確率で判別が可能だ。 「今後は残りの8%の選手にも注目していきたいと思っています。これらの選手は、競技の軸から外れた腸内環境になっている可能性が高く、当社のコンサルティングによって選手のパフォーマンス向上に寄与できる可能性がある」(同)と、この研究分野が持つ可能性の大きさを主張する。  これまでオーブでは、検体を提供してくれたアスリートに分析レポートと、腸内環境を整えるための食事等のアドバイスをお礼として提供してきた。  その活動を通じて、筋肉量、疲労回復、選手寿命、メンタルにかかわる課題を持つアスリートが多いことがわかり、同社ではそうした観点でも研究してきたという。 「筋肉形成、鉄分吸収、疲労回復、メンタルコントロールで課題を持つ選手は、菌の多様性(種類の豊富さ)が低い傾向にあることがわかりました。彼らにアドバイスする内容は、一般の方々のやせたい、太りたい、疲れを取りたい、緊張ストレスを緩和したい、健康に長生きしたい、といった希望にも応えられるものです」(冨士川氏)  そこで、自宅でも手軽に便から腸内細菌を検査できるキット「BENTRE」を開発。今年の4月からテスト販売を開始した。腸内細菌の種類や善玉菌、悪玉菌などの構成、バランスによる太りやすさや免疫力などに与える影響を測定し、報告書を利用者に届けると同時に、管理栄養士による食生活や運動習慣についてアドバイスをする。
腸内細菌検査キット「BENTRE」ロゴ

腸内細菌検査キット「BENTRE」ロゴを持つ鈴木氏(写真提供/AuB)

スポーツ界とファンへの恩返しとしての事業

 鈴木氏は、アスリートの腸内環境の研究を行い、その研究データをアスリートの課題解決に役立てるのと同時に、「アスリートの腸内環境を一般生活者の生活に役立てる製品やサービスを提供する事業を目指している」と語る。  とはいえベンチャー企業を軌道に乗せるのは並大抵のことではない。まして研究開発型のベンチャー企業は、事業で収益を生み出すモデルを構築するまでに時間がかかるというリスクがある。オーブも例外ではなかったようだ。 「会社の経営についてなんにもわからないで始めましたから、やってみると難しいことの連続です。毎日が苦労と悩みの連続で、特に資金ぐりでは眠れない夜もたくさん経験してきました。それでも少しずつこの研究の意味をご理解いただくことができ、なんとかここまできました。4年間の地道な活動から、ようやく成果物を生み出すことができ、ここから事業を成長させていきたいです」(鈴木氏)  困難な時期を乗り越えてこられたのは、選手時代に多くの人に支えられた経験だという。 「僕にとってこの事業は、これまで応援してくださったスポーツ界、サポーターの方々への恩返しなんです。つらいことがあっても、こんなことで負けてたまるか、という思いでやってきました。アスリートの課題解決はもちろん、一般の人の健康やパフォーマンス向上に貢献できる事業に成長させたいです」  自ら監督を務める「AuBフットサル部」の創設も、製品やサービスの提供だけでなく、コミュニティ作りも進めていきたいとの思いからだという。 「現役時代は多くのサポーターの方々に支えていただきました。特に僕が所属していた浦和レッズのサポーターは熱心な方々が多く、その連帯感の強さにはいつも感動していたんです。僕はこの事業でも、ただ製品やサービスだけを提供するのではなく、応援してくれる方々との絆を大切にしたい。そのためにフットサルを通じたコミュニティを作ることを決めました」  4年間の地道な研究を経て、満を持して製品を世に出したオーブ。事業を通じてスポーツ界だけでなく多くの人々に貢献したいという鈴木啓太の挑戦はここからが本番だ。 <取材・文・撮影/大島七々三>
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