ライブハウス、楽器店、語学教室…渋谷再開発で「文化発信拠点」は何処へ移転した?

「駅チカ移転」は少数――「比較的大きな企業」が中心

 渋谷のなかでも最も利便性が高い渋谷駅周辺~センター街周辺あたりの「駅チカ・繁華街エリア」への移転となったものは、67店舗中12店舗のみに留まった。  このエリアは桜丘からも比較的近く、多くの移転店舗にとって「移転検討先」の1つになると思われた。しかし、渋谷駅周辺は大型再開発の真っただ中であり、地価の上昇率も高く、家賃も非常に高い。桜丘という比較的家賃が安いエリアからの移転であるがゆえ、駅チカには「移転したくてもできない」店舗が多かったのではないだろうか。
渋谷駅前

渋谷駅前。桜丘から「駅チカ」に移転した店舗は意外と少なかった。

渋谷エリアの地価推移

渋谷エリアの地価推移。(筆者作成)
駅チカは桜丘や道玄坂の10倍以上の場所も。地価の上昇率も非常に高い。

 今回の1期再開発で最も影響を受けた企業が、桜丘地区を拠点としていた大手楽器店「イケベ楽器」だ。同社は千代田区に本社を置き、関東と関西に約30店舗を展開しているが、桜丘地区には全店舗の約半数にあたる16店舗を有しており、桜丘を音楽文化の発信拠点として有名にさせる役割を担っていた企業の1つであった。しかし、そのうち12店舗が桜丘地区の1期再開発エリアにあり、店舗の移転を余儀なくされることとなった。今回、桜丘地区から駅チカに移転した12店舗のうち、3店舗をこのイケベ楽器の系列店が占める。このほかにも趣味関連の店舗では、東京都内と沖縄に展開するダイビング用品店「AQROS」が渋谷駅新南口近くの明治通り沿いに、人狼ゲームブームの波に乗る全国展開のゲームサロン「人狼HOUSE」が渋谷駅東口の青山通り沿いに移転している。このように、駅チカに移転した音楽・趣味関連の店舗は「複数店を構えるチェーン店」が多かった。  残る8店舗は、飲食店のなかでは比較的客単価が高く万人受けすると思われる焼肉店やカフェバー、医療関係、理容室などであった。渋谷区周辺をエリアとするコミュニティFMラジオ放送局「渋谷のラジオ」も駅チカの渋谷ストリーム近くに移転している。また、今回調査した67店舗には含まれないが、永年渋谷駅と桜丘を繋ぐ横断陸橋前にあった大手旅行代理店「JTB」についても、再開発準備組合設立後に渋谷スクランブル交差点前へと移っている(JTBはこのほか渋谷ヒカリエなどにも出店)。  このように「桜丘地区から駅チカへの移転」は、比較的大きな企業やチェーン店、客単価が高い店、ブームに乗った成長株などでないと難しかったとみられる。
渋谷スクランブルスクエア

再開発エリア(左の街区)から線路を挟んだ先には新・渋谷駅ビルとなる「渋谷スクランブルスクエア」の建設現場が見えた。

「文化発信拠点」「個性の強い店」は桜丘周辺や道玄坂に

 桜丘地区からの移転先として最も選ばれたのは「桜丘地区周辺」であった。移転先が判明した67店舗のうち、桜丘地区周辺への移転を決めた店舗は半分近い30店舗にも上る。そのうち実に20店舗が、楽器店や習い事教室など「文化発信拠点」というべき業種だ。  とくに、イケベ楽器は「イケベ楽器村プロショップタワー」と称して桜丘さくら通り入口のビルに系列の楽器店9店舗を集積させたほか、飲食店についてもクレイジーキャッツ石橋エータロー氏がオーナーをつとめるこだわりの海鮮居酒屋「三漁洞」、立呑み酒場「富士屋本店」のワインバー、沖縄料理専門店「テヤンデー」など、飲食店のなかでも比較的「個性が強い店舗」の多くが桜丘地区周辺への移転となった。飲食店全体を見ると、移転先が判明した全14店舗のうち半数の7店舗が桜丘地区周辺を移転先に選んでいる。
イケベ楽器村プロショップタワー

桜丘さくら通りの入口に出来たばかりの「イケベ楽器プロショップタワー」。

 このほか、特徴的なのが「専門学校・塾・習いごと教室」だ。桜丘にはイタリア語教室「日伊学院」、ドイツ語教室「欧日協会ドイツ語ゼミナール」など多くの習いごと教室・塾などがあり、これらも音楽・趣味関連の店舗と同様に「文化発信拠点」の一端を担っていたが、これらは移転先が判明した8店舗(8校)のうち7店舗が桜丘地区周辺への移転を選んだ。  一方で、移転先が判明したオフィス・サービス関連15店舗(15社)のうち、桜丘地区周辺に残ったものは僅か3店舗。オフィスは殆どが「桜丘から去る」ことを選択したことになる。なお、桜丘に残ったオフィスのうち1社は「音楽関係者専門の旅行代理店」という、いかにも「桜丘らしい」業態の企業であった。
富士屋系列のワインバー

人気の立ち飲み店「富士屋」は閉店したものの、系列のワインバーは桜丘町内に移転して存続することとなった。
しかし移転先は2期再開発地区に含まれており、数年後には再移転を余儀なくされる。

 また、桜丘地区や渋谷駅から少し離れたエリアへの移転を余儀なくされた店舗も少なくない。桜丘と同様に、移転先が判明した店のうち「音楽・趣味関連」の割合が高かったのが渋谷区道玄坂地区周辺だ。  道玄坂地区は桜丘や渋谷駅から徒歩10~20分ほどと桜丘よりも駅から少し遠く、目的を持った客しか足を運ばないエリアだ。道玄坂は桜丘と同様に坂と狭い路地で構成されており、桜丘に似た雰囲気を感じさせられる場所も多い。地価も渋谷駅周辺に比べるとかなり安く、家賃水準は桜丘と同等か、それよりも安い場合もある。  桜丘から道玄坂に移転したのは、卓球用品店「国際卓球」、中古テニス用品店「テニス846シブヤ」、ライブハウスの「DESEO」と「DESEO mini」、そして医療機関やスナックなど9店舗。多くが目的を持った客しか足を運ばない個性の強い店舗といえる。
移転前のライブハウス「DESEO」

移転前のライブハウス「DESEO」。
別のフロアにはライブハウス「渋谷club乙-kinoto-」も入居していた。

 道玄坂の円山町周辺には以前から多くのライブハウスが集積する場所があり、桜丘とともに渋谷の音楽文化発信拠点の1つとなっている。ライブハウス2店舗が移転したのもこの円山町になる。一般的に小型のライブハウスは薄利であり、「家賃高騰」は非常に頭が痛い問題だ。しかも、移転先となりうる建物は限られるうえ、夜遅くまで多くの人が集まる施設であるため移転できうる場所も限られてくる。そのため、家賃が比較的安く、すでにライブハウスの集積がある道玄坂・円山町を移転先に選んだのは必然的であった。  このほか、桜丘において「夜の文化発信拠点」となっていたともいうべきスナックやバーについても3店舗が道玄坂への移転を選んでいる。全体を通して、道玄坂への移転を選んだ店舗は「夜型」の傾向が強いともいえる。
道玄坂円山町

道玄坂・円山町のランブリングストリート。多くのライブハウスが集積する。
渋谷駅から少し遠いものの「路地と坂」で構成された街並みは桜丘とも似た雰囲気だ。

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移転した先を再び襲う「再開発の波」
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