12年前は安倍首相へのヤジも排除されていなかった!<短期集中連載・政治家ヤジられTIMELINE・Part2>

1989年12月5日『民社党 田中慶秋氏』

田中慶秋 JR大船駅で、朝の街頭演説をしていた田中議員へ、2人の酔っ払いがヤジった。 ヤジ「政治家は何をやっているのかわからない。演説をやめて、(車から)降りて来い」  ヤジを止めようとした秘書と、酔っ払いが揉め合いになり、さらにそれを止めようと田中議員が参戦し、秘書、ヤジの二人、田中議員で揉み合いに。その後、田中議員がヤジの一人を背負い投げ。 田中「秘書の首を絞めるなど嫌がらせをしていたので、演説の後、私が注意をした。すると私の上着のえりをつかんできたので、とっさに体をひねったところ、背負い投げをしたような格好になった。投げようとして投げたのではない」  田中議員は「体をひねっただけ」と容疑を否認。なお田中議員は、柔道5段。その後、酔っ払いが「酒に酔っていたこちらも悪かった」と話し、被害届を提出せず。 <出典:「演説ヤジった通行人投げる? 柔道5段の田中慶秋代議士 朝の大船」1989年12月5日 朝日新聞 朝刊>  マジで車から降りてくるなよ……アスファルトに背負い投げはいてえよ。

1993年7月4日『自民党 宮沢喜一首相』

【時代背景】リクルート事件などがあり、政治家の腐敗が問題になっていた。国民の信頼回復を計るために、政治資金規制などを盛り込んだ政治改革関連法案を今国会で成立させると宣言したが失敗に終わった。そして野党が不信任決議を提出し、現内閣に不満を持っていた自民党議員の一部が賛成票を投じ、不信任決議が成立し宮沢首相は衆議院を解散した。この選挙において自民党は過半数を取れず。日本新党をはじめとした3党連立政権(細川内閣)が発足し、自民党が野党に。55年体制の終結。 宮沢「(先の国会で政治改革関連法案が成立しなかったことについて)政権政党の責任者として申し訳ない」 ヤジ「だったら辞めろ」 宮沢「何とか再び挑戦したい」 ヤジ「ウソをつけ」 <出典:「一党支配の是非熱く 総選挙、舌戦幕開け」1993年7月5日 朝日新聞 朝刊>  ヤジとも対話する姿勢。立派です。現在では考えられない。

1998年7月11日『自民党 橋本龍太郎首相』

【時代背景】55年体制を終わらせた細川内閣は一年を満たずに退陣、次の羽田内閣も短命で終わった。そしてこれまで38年間、与党と野党の関係だった自民党と社会党が手を組み村山連立政権が発足。村山内閣退陣後の選挙で自民党が大勝し、自民党単独の橋本政権が発足。 橋本「自⺠が勝つことで゙政治の安定を」 ヤジ1「お前(首相)が悪いんだ」 橋本「私だけが悪けりゃそれで済む」  橋本首相が自分の子供の話から教育問題を語ろうとすると ヤジ「景気が悪いのに何言ってんだ」 橋本「あなたのような人がいるから子供がよくならない」  この発言へ対し「人をバカにしたような話し方」「慇懃無礼」など厳しい声は少なくなかった。  この顛末を紹介する記事内で、なぜか人材派遣会社の社長がコメントを出している。 人材派遣ザ・アール 奥谷禮子社長「はっきりいって、接客に一番向かないタイプ。ヤジられても、うまく切り返して笑いでも取れれば、雰囲気も和むのに。機転もきかない。採用面接なら、即、不採用です」 <出典:「訴え、お願い…党首走った 参院選きょう投開票」1998年7月12日 朝日新聞 朝刊、[98参院選]きょう投票 東京・新宿で応援演説「首相はお呼びでない!?」1998年7月12日 毎日新聞 朝刊、「独断分析 自民党大敗に学ぶ経営術 」1998年7月18日朝日新聞 夕刊>  よっ!不採用!俺と一緒だな!
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安倍首相へのヤジも排除されることはなかった
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