にっぽんピンク映画全史。性表現を通した政治的メッセージの変遷

上野オークラ劇場

成人映画をかける劇場も減りつつある。写真は上野オークラ劇場。
photo by Dick Thomas Johnson via flickr(CC BY 2.0)

ヌーヴェルヴァーグやピンク映画を経て「日活ロマンポルノ」へ

 昨今、日本におけるポルノグラフィと言えばアダルトビデオやエロ漫画が主流だが、それ以前、1960年代から80年代に家庭用ビデオデッキが普及する以前はピンク映画が日本中の映画館をハイジャックしていた。  古いものが学術的価値を帯びるという定説は、アカデミアに内在する問題だが、ピンク映画もその例外ではない。特にピンク映画の表現の豊かさとその政治的・社会的メッセージ性は格別のものだ。  今回は日本のピンク映画がどのような文脈で発展したのか、その前史からピンク映画の魅力を紹介したい。

戦後の個人主義を象徴する「太陽の季節」

 映画史において、日本は敗戦後、民主的な映画を作るようにというGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の司令のもと、戦時中の国策映画に比べて自由な表現で映画を撮ることができた。黒澤明監督の「わが青春に悔なし」(1946年東宝)では、日本を代表する名女優・原節子が自己の信念を貫き通す女性を演じ、おまけにそれまで清純派で売っていた原の乳首まで透けて見えるシーンもあるが、このような奔放な女性像は戦中には不可能だったであろう。  戦後日本における民主化の中、特に芸術の分野で新たな日本人の「主体性」を巡る問題が重要視された。戦中戦前は天皇の名の下、全体主義によって日本人のアイデンティティは保たれていたが、戦後は「個人の意思」というものがそれに代わって議論されるようになった。  坂口安吾の著名な随筆「堕落論」(1946年)には「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身、日本自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは、上皮だけの愚にもつかないものなのだ」と論じている。敗戦による挫折感、信じていたものが突然目の前から無くなるという絶望感が蔓延していた時代に、結局自分を救うのは政治でも何でもない、自分なのだ、と説いた。  この個人主義的な考えを表現するかのように、当時はまだ作家だった石原慎太郎・元東京都知事原作の「太陽の季節」が1956年に日活より公開されると、その奔放な若者の描写が問題視された。酒、タバコ、そしてセックスに溺れていく若者の姿は一定の支持を得、「太陽の季節」に続き公開された石原氏原作の「狂った果実」(1956 日活)、「処刑の部屋」(1956年 大映)は「太陽族映画」と称され、一部の映画館で自主規制され、現在の映像倫理委員会(映倫)が作られるきっかけとなった。「太陽族映画」に象徴されるような若者は「太陽族」と称され、社会現象ともなった。  石原裕次郎のような代表的なアイコンに象徴されるように、サングラスにアロハシャツで神奈川・葉山周辺で遊び歩く中産階級の若者達。戦争が終わり、日本が高度経済成長に向けて走り出す中、アメリカ式生活様式に影響された消費文化により享楽的な日常を過ごす若者達。これが「太陽族」である。
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大島渚から始まる松竹ヌーヴェルヴァーグの時代
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