映画『東京裁判』のデジタルリマスター版が公開。いま私たちが見るべき理由
(C)講談社2018
デジタルリマスター版
『東京裁判』が、8月3日に渋谷ユーロスペースほか全国で公開された。本作は『人間の條件』『切腹』など、骨太な社会派作品で知られる故・小林正樹監督が5年間の歳月をかけた作品で、アメリカ国防省が所蔵していた膨大な裁判記録のフィルムをもとに、4時間37分のドキュメンタリーとして完成させた。
裁判の他、関連する国内外の社会情勢を映し出した様々なニュース映像も組み合わせ、「戦前戦後」をも概観した時代証言の映像資料になった。公開当時はブルーリボン賞最優秀作品賞、ベルリン国際映画祭での国際評論家連盟賞など、国内外でさまざまな賞を受賞した。
『東京裁判』が初めて公開されたのは、戦後40年を前にした、1983年6月4日である。少し脇道にそれるようだが、この年は日本の映画批評・研究の文脈においては、分水嶺と言える年であった。蓮實重彦の『監督 小津安二郎』(筑摩書房)が発刊されたのである。
この本はタイトルの通り、日本映画の巨匠・小津安二郎についての探究が主軸となっているが、同時に、蓮實の確立した「主題論的批評」を駆使して書かれた、最初の本格的な作家論であった。
「主題論的批評」とはなにか。平たく言えば、画面に映るものだけを考察の対象とみなし、画面の細部へと、徹底的に目を凝らして発見を得る批評だ。いまの映画批評の「王道」は概ねこれを受け継ぐものではあるが、しかし当時、このように映画を見ることは非常に困難であった。
というのも、当時はビデオもまだ十分に普及しておらず、映画館での上映が終わった作品を見るためには、名画座や二番館での再上映を待つか、テレビ放映を待つかしか選択肢はなかったからだ。今のように、DVDやYoutubeで気になった部分を静止させ、その細部を確認するような芸当は当然できなかった。
だからこそ、一つひとつのシーンやモチーフに着目し、かつとことんまで掘り下げる蓮實の視点は画期的で、後年の映画批評・研究に大きな影響を与えることとなったのである。
ここでこうした、「東京裁判」とは無縁に思える映画批評の蘊蓄を入れたのには、しかし、それなりの理由がある。本作が最初に公開された1980年代初頭はまず、見たいと思う映像に簡単にアクセスできる時代ではなかったため、「画」としての東京裁判、つまりイメージが十分に伝わっていなかった点を考慮する必要があるためだ。長年小林作品に携わり、本作では監督補佐・脚本で参加した小笠原清氏は、次のように語る。
「映画の制作の作業はまさに、発見の連続でした。まず、裁判の法廷の実態を我々も初めて見たし、関連する歴史フィルムをつなげることでどのような現実があったか、どのような過程をたどったのか、はじめてわかったことが大きかった。また、東條英機など一部の人はニュース映像で見ることはあっても、当時の軍人や政治家が裁判で生々しく動く姿や、その肉声を聞く機会はきわめて限られていました。それだけに驚きがあったんです」
【ユーロスペース イベント情報】
8/3(土) 小笠原清(監督補・脚本家)、杉山捷三(エグゼクティブプロデューサー講談社)
8/4(日) 坂手洋二(劇作家・演出家・燐光群主宰)
8/8(木) 一ノ瀬俊也(埼玉大学教養学部教授/日本近現代史)
8/10(土) 小笠原清(監督補・脚本家)、伊藤俊也(『プライド 運命の瞬間(とき)』監督)
8/15(木) 栗原俊雄(毎日新聞学芸部記者/近現代史・論壇担当)
※全て11:00の回上映後