映画『東京裁判』のデジタルリマスター版が公開。いま私たちが見るべき理由
(C)講談社2018
裁判の漠然とした概要――たとえば裁判の期間とか死刑判決や受刑者の量刑、主な判事や検事、弁護人の名前など、そうしたデータ自体は当時の人々、また後年その情報を受けついだ人々にも共有されていたものの、東京裁判の成立の経緯からその過程についての脈絡、その細部について、一部の識者、研究者を除きはっきりと理解している人はほとんどいなかったという。
「公開による「東京裁判」が開かれるまでは、日本は自身の戦争の実態や近現代史については“無知の時代”でした。政府や軍部による情報や言論の統制もそうですが、当時の日本人、一般の国民には社会科学する素養も発想もほとんど備わってはいなかったんです。また、戦後も「東京裁判」や戦争の過程についても、必要にして適切な教育や情報提供はなされておらず、学校での近現代史も期末におざなりでしか触れられない。言論界では東京裁判のことが話題になると、右よりの政治家や言論人の牽制の声が強く、知識人たちが自由に発言できる雰囲気ではありませんでした」(小笠原氏)
それだけに戦後すぐに行われた「東京裁判」のことのみならず、日本が太平洋戦争に踏み切るまでの過程や当時の世界の状況、また朝鮮戦争やベトナム戦争に至るまでの歴史の流れを描いて、いわば「全体」を見せようとする本作は、多くの観客に衝撃をもたらした。小笠原氏の共編著になる『映画監督 小林正樹』(岩波書店)においては、当時の三木武夫前首相や後の中曽根康弘首相など、名だたる政治家たちも試写でこれを見て、感慨を持ったらしいことが記される。
「試写会来場者の中には、旧軍人の方もたくさんいました。試写が終わるとそのひとりがスタッフのもとに来て、“私はあの戦争では海軍士官として一生懸命闘っていましたけど、あの時の世界はこのようになっていたのですね、よくわかりました。ありがとうございました”と。これが当時の日本人の、平均的な実感ではなかったかと思います」(小笠原氏)
「東京裁判を世界情勢と歴史の流れの中に位置づける」
「全体」像も見せるということは、監督である小林の意思でもあった。小林は公開時のパンフレットにおいて、「制作の過程で『東京裁判』は世界の情勢と歴史の流れの中に位置づけて見直すという考えが次第に定着してきた。(中略)歴史の教訓として、更に日本と世界を見直す広い視野への展開につながれば私たちスタッフの願いは果されたことになる」と語っている。
たとえば、終戦時の玉音放送をすべて収録したことにも、小林のそのような姿勢が読み取れるだろう。今日では「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び~」という“サワリ”の部分しか取り上げられない中で、リマスター版ではクリアな音声で、昭和天皇の玉音放送のすべてを採録している。当初プロデューサー側は営業的な立場から、作品を2時間半程度と想定しており、玉音放送の全文紹介には難色を示したという。しかし小林監督らにとっては、当時国民の全てがろくに聞き取れなかった終戦のメッセージは、記録に正しくとどめておくべきものと考え、玉音放送を全て流すことはむしろ必然であったのだ。
【ユーロスペース イベント情報】
8/3(土) 小笠原清(監督補・脚本家)、杉山捷三(エグゼクティブプロデューサー講談社)
8/4(日) 坂手洋二(劇作家・演出家・燐光群主宰)
8/8(木) 一ノ瀬俊也(埼玉大学教養学部教授/日本近現代史)
8/10(土) 小笠原清(監督補・脚本家)、伊藤俊也(『プライド 運命の瞬間(とき)』監督)
8/15(木) 栗原俊雄(毎日新聞学芸部記者/近現代史・論壇担当)
※全て11:00の回上映後