こんな奇妙な言葉づかいを止めるべきだろうか。民主主義という言葉は、あるべき理想と、実際に存在する政治体制を同時に表す言葉になっている。こんな言葉の使い方は、混乱をもたらすだけだろうか。著名な政治思想史家のジョン・ダン氏は、やめるべきだと言っているようだ。民主主義という言葉で、「正しい行動のための権威ある基準という意味」と、「現存する体制の実際的性格」の両方を意味するならば、「思考や用語法に厳格な専門家の間ですら容易に混乱の素になる。ましてや政治的営みのごたごたの中では、多くの人を混乱に陥れるのは必定である」と言う。「民主主義というたった一つの言葉によって、我々が世界政治のどこに位置し、何に価値を与え何のために努力するかを判断することは、いかなる基準からしても単に馬鹿げている」。だから、「民主主義という、催眠効果を持つようになった呪文の作用を認識することで、呪文を破る」必要がある(ダン、ジョン (2012=2017)「等身大の民主主義観」『アステイオン 創刊30周年ベスト論文選1986-2016 冷戦後の世界と平成』、789頁、791頁、田所昌幸要約)。
しかし、筆者は民主主義という言葉の呪文を打ち破るべきだとは思わない。民主主義という言葉で、あるべき政治体制の理想と、実際に存在するこの政治体制の両方を同時に意味しても、別にかまわないと筆者は思う。もっと言えば、私たちは民主主義という言葉で催眠状態になるべきだ。
なぜか。それは、民主主義という言葉に幻惑されたからこそ、我々の政治体制はここまで来ることができた、と考えるからである。我々が民主主義の美名の下で勝ち取ろうとしてきたこれは、この記事で書いてきたように、この程度のものである。にもかかわらず、これを勝ち取るためには、大変な苦労が必要であった。もし、これが競争的寡頭制とかポリアーキーとか呼ばれていたならば、誰がそんなもののために命をかけただろうか。
先ごろ物故した政治学者、G・サルトーリ氏は、かつて次のように書いた。「民主的システムは義務論的圧力(豊田注:~でなければならない)の結果として確立されたものである。デモクラシーとは何かという問いは、デモクラシーとは何でなければならないか、という問いから切り離せない。
デモクラシーは、その理想と価値がそれを存在せしめる限りにおいて存在する」。(空井p.1021,注52)。
ジョン・ダン氏の民主主義という言葉の催眠術を説くべきであるという言葉に対して、こう言える。もし、「民主主義の詐術(democracy’s spell)」を破り、民主主義の夢から覚めた我々は、その結果として、物事をより鮮明にありのままに捉えるということはないだろう。民主主義の夢から覚めた我々は、独裁の悪夢の中に目を覚ますことになるだろう。
これが民主主義なのである。明らかに誇大広告であり、その原義からも大きく隔たってしまった。にもかかわらず、多くの人々のほとんど英雄的な苦労の下で、ようやく達成しえたのが、これである。学者も政治家にも、あるいは他の誰でも、「民主主義」がもたらしてくれる「自由」や「権利」を享受しながら、実はこれは民主主義とは関係のない何か別の物であったと言う権利は持たない筈である。
筆者の結論は、次のようなものになる。
我々が生きるこの日本の政治体制は、民主主義体制である。しかし、いまだに十分に民主的とはいえず、また、より民主主義的でなくなる危険も常に存在する。だから我々は、我々の獲得したこの民主主義の美点を守りつつ、それをより民主的なものにするために努力しようではないか。
この言い方には、詐術も矛盾もパラドクスもない。
つまるところ筆者には、60年近く前の政治学者、丸山眞男氏の言葉に付け加えるものは何もない。
「いうまでもなく民主主義は議会制民主主義につきるものではない。議会制民主主義は一定の歴史的状況における民主主義の制度的表現である。しかしおよそ民主主義を完全に体現したような制度というものは嘗ても将来もないのであって、ひとはたかだかヨリ多い、あるいはヨリ少ない民主主義を語りうるにすぎない。その意味で『永久革命』とはまさに民主主義にこそふさわしい名辞である。なぜなら、民主主義はそもそも『人民の支配』という逆説を本質的に内包した思想だからである」(丸山眞男『新装版 現代政治の思想と行動』、574頁、未來社、2006年)。
これで、「日本は民主主義か」という問いに対して、筆者なりの考えを述べることができた。しかし、
近年の日本政治を見ていると、民主主義を脅かしかねない危険の兆候があることも事実である。そこで、次に「治安機関」に関して、私の知っている乏しい知識で、思うところを述べてみたい。
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