日本は「民主主義」なのか? この時代に生きる我々がすべきこと

「いよいよはじまった」。宮崎駿監督の言葉の重さ

 に記事を書いてから、だいぶ時間が空いてしまった。筆者のことを覚えていない人がほとんどだろう。そこで少しだけ、前回のおさらいをしておきたい。前回の記事は、現在の日本の政治が、安倍首相の周囲による「人事権支配」を憂うものだった。キャリア官僚に対する、内閣人事局を通じた不透明な人事権の行使によってキャリア官僚たちが震え上がっているという背景の下で、統計データ収集方法の変更が行われたこと、そうした人事権支配による統計データの操作は、ソ連、中国、メキシコといった一党独裁体制においても見られる、というのが、前回の趣旨だった(「厚労省の統計不正、政党独裁体制との不気味な共通性」『ハーバービジネスオンライン』2019年5月21日)。  この問題を考えるとき、最初に思い出すのは、日本を代表するアニメーション・スタジオ、スタジオ・ジブリの宮崎駿氏と鈴木敏夫氏に密着したドキュメンタリー番組『夢と狂気の王国』である(監督・砂田麻美、2013年)。当時、ゼロ戦を開発した堀越二郎氏を題材にしたアニメーション映画『風立ちぬ』を作成していた宮崎・鈴木両氏は、次のような会話を交わす。  鈴木敏夫「あとねえ、ちょっと締め付けがすごくなってきたんですよ」「NHKをはじめこういうことをやっちゃいけない、ああいうことをやっちゃいけない」「先回りして」「映画作るときもドラマつくるにもその問題には触れない」「民放も全部なんですよ」。  鈴木氏は、数百億円規模のカネが動く宮崎駿のプロデューサーとして、有名である。メディアの人間と接触することが多い鈴木が、映画の中でボソリと漏らしたこの言葉には強い印象を受けた。  宮崎氏駿は言う。 宮崎「怒涛のごとく右傾化しようと思っているんですね」 鈴木「自由に作れるのは、ここまでですね」  最後に、宮崎駿がこの会話を引き取る。 宮崎「ある意味では、僕なんかがやってきた50数年は終わったんです」「さて、いよいよはじまったんですね」。  このドキュメンタリーの公開から6年が経った。「いよいよはじまった」という宮崎氏の言葉は、筆者には重く響く。  では、ソ連や共産党のような一党独裁体制と現代の日本に似ているところがあるならば、日本は実際に一党独裁体制なのだろうか。独裁体制なのだろうか。本記事は、この問題を考えてみたい。

独裁体制下では何が起きるのか? その実例

 最初に、映画監督の想田和弘氏の言葉を取り上げたい。想田氏は2018年、ツイッターで、「いまの日本の政治状況は、政治学的にも『事実上の一党独裁』と呼んでいいんじゃないかな。政治学者のみなさん、どうですか。異論ありますかね」想田和弘氏、2018年7月11日のTweet)と書き、物議をかもした。想田氏は、自民党から市議会議員補欠選挙に出馬した新人候補の選挙運動を描いた映画『選挙』で有名な映画監督である。『選挙』は、私も、授業で学生に見せたことがある。  それでは、最近の日本政治は、「事実上の一党独裁」になっているだろうか。想田氏自らが、「政治学者のみなさん、どうですか」と聞いておられるので率直に述べると、日本は一党独裁体制ではない。本当の「一党独裁体制」、本当の「独裁体制」とは、2019年の安倍晋三氏を首相とする日本政府のように甘くはないからである。  独裁体制では、基本的な権利が大幅に侵害される。そこでは、政府に対して一般市民が「要求を形成」し、その「要求を表現」し、「その要求を政府に平等に扱わせる」ための、最も基本的な権利が存在しない。  具体的には、次のような権利が存在しない。つまり、 「組織を形成し、参加する自由」 「表現の自由」 「投票の権利」 「公職への被選出権」 「政治指導者が、民衆の指導者を求めて競争する権利(政治指導者が、投票を求めて競争する権利)」 「多様な情報源」 「自由かつ公正な選挙」 「政府の政策を、投票あるいはその他の要求の表現にもとづかせる諸制度」  といった権利および自由は、一党独裁体制あるいは独裁体制には存在しない(一連の権利および自由のリストは、ダール、R『ポリアーキー』岩波書店、10頁表1-1、2014年)  政府に一方的に支配されるのではなく、政府の決定にわずかなりとも一般国民が影響を与えるためには、上に挙げたような自由と権利が必要である。  しかし、一党独裁体制や独裁体制には、そうした自由は存在しない。最も分かりやすい事例として、「表現の自由」を取り上げてみよう。まず、一党独裁体制の典型例であるソ連では、学問は当然のこととして、文学や芸術、音楽に至るまで、共産党による直接的なコントロール下にあった。一例を挙げよう。ごく例外的にソ連で言論の自由が保障された、ミハイル・ゴルバチョフ氏による「ペレストロイカ」期の出版物は、直接的に次のように書いている。ソ連の書物には、「責任編集者」という立場の者が存在した。この責任編集者が責任を取る対象は、もちろん読者ではなく、当局であった。その書物に当局が是認できないようなものが入らないよう保証するのが、責任編集者の役割だったのである(アファナーシエフ編『ペレストロイカの思想』群像社、p. VIII、1989年)。もちろん、日本の出版物に責任編集者なる役職は存在しない。  これは過去の事例ではない。中国共産党の支配する現在の中国でも、おおむね同じことが起きている。最近でも、中国の清華大学法学院教授の許章潤氏は、その論文を批判されて停職処分となった(『世界』2019年7月号922号)。日本から富裕層が多数、移住しているというシンガポールの大学でも、政治学教授は、政治圧力から逃れられない。というのも、政治学の授業を開講すると、その第一回目の授業には、シンガポールの支配政党「人民行動党」の党員が、教授に挨拶するのが習わしだそうだからである。講義内容を監視しているのである。  同じことは、軍事独裁体制でも起きる。アルゼンチンの著名な比較政治学者であるギジェルモ・オドンネル氏は、アルゼンチン軍政時代に、暗殺予告を受けていた。当時のアルゼンチンの研究拠点、「国家社会研究センター」CEDES (Centro de Estudios de Estado y Sociedad)の創設者で、センター長であったオドンネル氏は、左右勢力から等しく脅迫を受けていた。まず、右派の軍事政権や、軍事政権に連なる右派の民兵から脅迫を受けた。同時に、軍政と敵対する左派ゲリラ組織からも脅迫されていたという。オドンネル氏は、「すくなくとも右派と左派のどちらが自分を殺すのかを知る人権はある」というブラックジョークを、同僚たちと交わしていたという。興味深いことに、この危機の時代こそが、政治学を研究するにあたってはとても創造的な時期であったということで、政治学という学問も、業が深い(O’Donnell, Guillermo 2007, “Democratization, Political Engagement, and Agenda-Setting Research, in Gerardo L. Munck and Richard Snyder eds., Passion, Craft, and Method in Comparative Politics, The John Hopkins University Press: 279-280)。  とはいえ、こうした政治的圧力は、日本の軍部も行った。第二次世界大戦前戦後に活躍した政治学者の南原茂氏は、1942年、抑圧と弾圧の時代に出版した『国家と宗教』(岩波書店)の執筆にあたり、純粋に学問的な著述であるのに、丸山眞男氏に一句一句質問するほど、極度に神経をつかったという。それでも、内務省の検閲で、発売禁止にするかどうかで揉めた。「私の方がやられたのに、あれはどうか」と別の出版社が内務省に密告したからである。情けない話であるが、一行一行を気にするほどに気を遣っても、やはり攻撃されたという(丸山真男・福田歓一編『聞き書 南原繁回顧録』、151-152頁、東京大学出版会、1989年)。  歴史を振り返れば、言論や出版の自由が保障されたのは比較的、最近のことでしかない。19世紀以前には、哲学者たちすら、政治的な迫害を恐れるという理由もあって、自らの思想を意図的に分かりづらく書いていたほどであった(Melzer , Arthur M. 2014. Philosophy Between Lines the Lines: The Lost History of Esoteric Writing, University of Chicago Press)。  さて、分かりやすい例として、言論の自由の問題を挙げてきた。先に述べたように、政府批判を含む言論の自由は、もっとも基本的な自由の一つである。言論の自由が制約されているならば、選挙やデモをする権利、組織を作る権利は、全く意味をなさないことがわかるだろう。
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「日本は独裁体制」ではない。しかし……
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