日本は「民主主義」なのか? この時代に生きる我々がすべきこと

では、アメリカ合衆国は?

 まず、アメリカには民主党と共和党の二党しかない。組織と結社の自由はある筈だが、政党については事実上、第3党は出て来ることができない。また、アメリカ合衆国の治安機関は、社会運動を激しく弾圧していた(Davenport, Christian 2015, How Social Movement Die: Repression and Demobilization of the Republic of the New Africa, Cambridge University Press)。大統領は、選挙タイミングにあわせて経済を刺激しているのはではないか、という疑いは昔から根強くある(たとえば、Bartels, Larry M. 2010 Unequal Democracy: The Political Economy of the New Gilded Age, Princeton University Press)。非民主主義国家でもしばしばみられる、選挙区割りを自らに有利なように操作する「ゲリマンダリング」は、アメリカ合衆国でも行われている。  そもそも、1956年から2006年までを見た場合、連邦下院議員の再選確率は、80%以上、90%を超えることもある(待鳥聡史『<代表>と<統治>のアメリカ政治』講談社、58-59頁、2009年)。メディアについても、アメリカの大統領は、政治コラムニストの歓心を買おうと、「個別のオフレコ取材に応じる、国賓晩餐会に招待する、大統領専用機に同乗させる、著書を大統領も読んだと宣伝するなど手を尽くす」(谷口将紀『政治とマスメディア』東京大学出版会18-19頁、2015年)。そもそも、アメリカ南部では1960年代まで黒人から選挙権がはく奪されていたという。  アメリカ合衆国の「民主主義」といっても、実態はこの程度のものである。翻って、今の日本を民主主義だと言ったところで、それほど奇妙な話ではない。もちろん、日本やアメリカが、一党独裁体制や独裁体制ではないとしても、民主主義ではない、と言う人がいるかもしれない。その疑問は、完全に正当だろう。だが、もし今の日本もアメリカも民主主義ではないと言うならば、この世界に民主主義国家などは存在しなくなるだろう。

そんなものが「民主主義」と呼ぶに値するのか?

 もしかすると、我々が現に生きているこの政治体制を、「民主主義(デモクラシー)」と呼ぶことそのものが、誤解の素なのかもしれない。というのは、民主主義という言葉を生んだ古代ギリシアで、民主主義と呼ばれた政治体制は、今の我々が生きる政治体制とは、全く似ても似つかないものだったからである。  まず、古代ギリシア、アテネの民主主義は、市民権をもつ市民全員が参加可能な民会と、くじ引きで選ばれる評議員、裁判官、執政官によって統治されていた。ポイントは、古代ギリシアでは基本的に選挙という制度を使わなかった点である。選挙という制度は、寡頭制的(少数者による支配)な制度、カネがモノを言う制度だと考えられていたからである(アリストテレス『政治学』田中美知太郎・北嶋美雪・尼ヶ崎徳一・松居正俊・津村寛二訳、中央公論新社、2009年、161頁)。  現代の我々は、選挙こそを民主的とするが、「民主主義」の語源となった古代ギリシアでは、それは民主主義的なものではなかった。くじ引きこそが民主主義的だと考えらえていたのである。言葉が、完全に逆立ちしているのである。  実際、選挙を通じて選ばれた「代表」が統治する、現代の我々の政治体制に対して、先人たちは「民主主義」以外の言葉を当てていた。たとえば、アメリカ合衆国憲法の制定にあたって大きな影響をもった『ザ・フェデラリスト』の著者は、彼らが新たに作り上げようとしていたアメリカ国家を、民主主義ではなく、「共和国」と呼んでいた(A・ハミルトン、J・ジェイ、J・マディソン『ザ・フェデラリスト』、斉藤眞・中野勝郎訳、岩波書店、1999年)。  イギリスで活躍したJ・S・ミル氏は、19世紀後半にあって、その政治体制を「代議政府」と呼んでいたし(ミル、J・S・『代議制統治論』、水田洋訳、岩波書店、1972年)、20世紀のドイツ・ワイマール共和国を激しく批判した公法学者、カール・シュミット氏は、我々がいま民主主義と呼ぶ体制を「議会主義」と呼んでいた。(シュミット、カール『現代議会主義の精神史的地位』)稲葉素之訳、みすず書房、1972年)  第二次世界大戦後には、アメリカの著名な政治学者ロバート・ダールもまた、我々の生きる政治体制を、民主主義ではなく、「多数支配」を意味する「ポリアーキー」と呼ぼうと提案した(ダール、前掲書)。また、最近では「競争的寡頭制」と呼ぶ研究者もいる(Manin, Bernard 1997. The Principles of the Representative Government. Cambridge University Press)。他に新たな新語を作り出すべきだとする研究者もいる(空井護「ロバート・A・ダールの敗北について」『法学(東北大学法学会)』72巻6号、1014頁)。  結局、我々は、「民主主義(デモクラシー)」と呼ばれる政治体制が存在した古代ギリシアとは似ても似つかない政治体制を、「これを民主主義という名前で呼ばないでおこう」という人々の試みを完全に無視して、「民主主義」と呼んでいるのである。我々の政治体制が、民主主義的ではないと感じられるのも、当然のことだろう。
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いま、この時代を生きる我々は「民主主義」とどう対峙すべきなのか?
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