得票率2%以上で政党要件獲得を目指す、れいわ新選組・山本太郎の“賭け”

あえて自らを「比例区3位」にすることで支持者の尻を叩く

れいわ会見

れいわ新選組・木村英子氏の立候補記者会見の様子。山本太郎候補のFacebookページより

 比例区を重視しているのには、もうひとつ理由があると考えられる。それは、先に述べた「政党要件」だ。  新党を立ち上げ、国会の中で継続的かつ拡大再生産的に活動を広げていこうとするならば、政党要件の獲得は必須である。なぜなら政党要件を満たせば、政党助成金の受給対象になるからだ。これだけでも政治活動の懐事情は大きく変わる。  しかも、次回の選挙では確認団体になるために無理をして10人の候補者を立てる必要はない。もちろん、党所属の国会議員数は多ければ多いほど政治的影響力は強まる。  2%の得票は、実際の票数に換算すると200万票以上。だが、それではよくて2人しか当選できない。しかも現在の実力で考えると、それは非常に厳しい目標だ。  ここからが「奇策」ともいうべき戦術である。れいわ新選組は、全国比例区候補の特定枠第1位に難病ALS患者の舩後安彦氏、第2位に脳性まひの木村英子氏を指定した。  これにより、山本候補個人を支援する人たちは、彼を当選させるためには200万をはるかに超える票を集めなければならないことになる。  これによって、「山本候補を支持して投票はするが、周りに呼びかけるまではいかなかった」という層の尻を派手に叩いたというわけだ。「私が引き続き国会にいることが必要だと思うなら、比例区で3人当選させなければならないのですよ」と。  このモチベーションの上げ方は、実に巧妙だ。だが、当選者3人分の票に届かなかった場合、みずからは失職するという極めて危険な“賭け”でもある。山本候補自身、支持者層にどれだけ国会議員として必要とされているか、日々ひしひしと感じていただろう。相当の腹のくくり具合だと見ていい。

同じような挑戦をして失敗した「みどりの会議」

 恥ずかしながら、ここで失敗した私(たち)の昔話を紹介したい。なぜこの状況に筆者が既視感を覚えるかというと、冒頭にも書いたように、いくばくかの類似性がある状況で自身が立候補した経験を持つからだ。  筆者は2004年、「みどりの会議」(現在の「緑の党グリーンズジャパン」の前身)の全国比例区公認候補として立候補した。当時の現職議員は、山本候補と同様に芸能界出身で東京選挙区から当選した中村敦夫氏ただ1人。周囲は、当選可能性がより高い東京選挙区からの立候補を進めたが、中村氏は頑として首を縦に振らなかった。  その理由は単純明快で「政治は1人でやっても力が弱すぎる。自身の議席を守ることよりも、同じ志を持った者を国会で増やす方に動くべきだ」というものだった。つまり、「政治家になる」から一歩進んだ「政党を作る」という強い覚悟があったのだ。  山本候補の思いの中にも、それに近いものがあるのだろうと推察される。彼の場合もやはり自らは東京選挙区から立候補して、比例区でさらに議席を上積みする方が、より楽に複数議席を獲得できたのではないか。  しかし山本候補は、全国比例区という日本全体を巻き込むムーブメントの中に自ら身を置いた。そして「今はひとり」の状態から「仲間を増やす」というフェーズに、明確に移行していたのだ。彼の任期中、特にその後半の全国行脚からも、それを念頭に行動していたように見える。  同様の考えのもと、筆者を含めた10人全員を比例区で(しかも各々何らかの社会問題に関するエキスパートを揃えて)立候補させたみどりの会議は、結果的に1人の当選者も出せなかった。中村敦夫氏と筆者を含む、その同志たちの運動は潰えた。
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圧倒的不利な新規政党はどこまでできるか?
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