前回述べたように、筆者はMMTを支持していません。それにもかかわらず、MMTにはいいところがたくさんあることを認めます。なにより、
主流派経済学が理論上の貨幣(お金)を経済学から消してしまったのとは対照的に、MMTは、現代経済の中心には貨幣(お金)があると見極めて、貨幣を中心にした経済学を独自に組立てようとしていることには好感がもてます。
もしかすると、お金が経済の中心にあるなんていうことは当たり前じゃないかと思われるでしょうか。この点は「
世間の常識は経済学の非常識」であることを端的に物語っています。いまでも、主流派経済学にはお金が登場しないのです。(嘘だと思うなら、ミクロ経済学かマクロ経済学の教科書を開いてみてください。貨幣は、まったく取扱いがないか、附録か補論に位置づけられているだけです。)
貨幣論を中心に研究してきた筆者にとって、MMTは心のオアシスのように見えます。しかしそれはただの横恋慕。MMTがどうして国定貨幣論に大きく振れてしまったのかと、そのいきさつを思うと、少々やるせない気持ちになります。
前回は
国定貨幣論と信用貨幣論の関係をみました。今回はMMTにおける商品貨幣論の取扱いについて説明します。MMTが信用貨幣論の着想を受容しながら、国定貨幣論との無理な結婚を迫らざるをえなかったのは、商品貨幣論とのつらい別れがあったためです。過去の商品貨幣論がしっかりしていればこうはならなかったでしょう。
多少なりとも貨幣的な経済学に触れたことのある方であれば、信用貨幣論が国定貨幣論と仲がいいなどという考えは通常とりえず、むしろ
商品貨幣論と親和的であることに気づきます。商品貨幣論をベースに信用貨幣論を発展させられていれば、こんなことにはならなかったのです。それができなかったのは、もちろんMMT自身の限界ではありますが、商品貨幣論側にも問題なしとはいえなかったでしょう。
躓きの石は、現代の不換銀行券と預金通貨を経済学が適切に説明できていない点にあります。私たちが普段使っているお札(銀行券)は、冷静に考えればただの紙きれです。銀行に預けているお金も、通帳に記載された数字にすぎません。どうしてこれらが価値をもつのでしょうか。お金として使われるのでしょうか。
お弁当を買うためにお店のレジで1000円札を支払います。お客さんはお弁当を食べて嬉しいですが、お店の人は1000円札を使ってどうやって楽しみを得ようというのでしょうか。額に入れて眺める楽しみ方もあるでしょうが、それがお札の本懐とはいえません。1000円札そのものを使うことによって得られる価値があるとは考えられず、モノとしての使用から切り離された価値があると考えるほかありません。
この価値がどこから来るのか。
市場で売買される商品から来ると考える商品貨幣論と、
国が市場の外部から与えると考える国定貨幣論があります。
本稿で問題にしたいのは、MMTでは、商品貨幣論と
金属主義的な貨幣観との混同がはなはだしいということです。お札と「金(=gold)」との交換が約束された金本位制のもとでは、お金の価値は「金」によって支えられていると考えることができました。しかしそう考えると、「金」との交換ができない現代のお金の価値を説明できなくなります。MMTは、「金」と商品の区別がつかないために、「金」による説明原理を失った途端に、商品貨幣論そのものを否定し、国という外部の要因で説明するしかなくなってしまうのです。
評論家の中野剛志氏は『富国と強兵』(東洋経済新報社、2016年)で、次のように商品貨幣論を批判します。
「現在の主流派をなす経済学は、アダム・スミスを開祖とする『古典派』、およびその後継たる『新古典派』という系譜をもち、その歴史は200年以上に及ぶ。しかし、『古典派』および『新古典派』経済学は、商品貨幣論または金属主義という誤った貨幣観を抱いてきた。金属主義は、物々交換の効率の悪さを克服するために、交換手段として利便性の高い『物』として金属貨幣を導入したと考える。金属貨幣は、金銀などの貴金属でできており、それ自体が価値のある『商品』として取引されるのである。
このように、金属主義の考え方によれば、金属貨幣は『商品』の一種とみなされる。したがって、金属主義の貨幣観に立つ『古典派』および『新古典派』の経済学説は、物々交換経済と貨幣経済との間に大きな違いを見出すことがない。貨幣は商品の一種に過ぎず、商品と商品の交換を円滑にするための単なる媒介物なので、金融的な要因が実体経済に影響を与えることはない。すなわち、貨幣は中立である。これが古典派及び新古典派経済学の仮定である。
要するに、主流派経済学は、市場経済を物々交換と同等にみなしているのであり、その理論の中には、(信用貨幣という)現実の貨幣が存在しないということである。
ダドリー・ディラードは、この古典派および新古典派経済学の想定を『物々交換幻想』と呼び、その系譜をたどっている。」(『富国と強兵』、なお、誤植と思われる部分は引用者が修正した。)
長々と引用しましたが、要するに中野氏は、古典派と新古典派の経済学は、貨幣を、物々交換を円滑にするための便利な道具とみなす「商品貨幣論または金属主義という誤った貨幣観」に陥っていると批判しています。
筆者が最も信頼する研究者の一人である大月短期大学教授の内藤敦之氏も、商品貨幣論には手厳しく、『内生的貨幣供給理論の再構築』(日本経済評論社、2011年)にて、次のように述べています。
「しかし、信用貨幣が現実においては重要な役割を果たしているのに対して、経済学の理論上は、貨幣に関しては信用貨幣を不規則なものと見なし、あたかも商品貨幣であるかのように扱う見解が主流となっている。そのような理論では、現実の貨幣的な現象に接近することも困難であろう。」(『内生的貨幣供給理論の再構築』)
両者の金属主義批判の内容は正しいものです。金属が貨幣の本質だと考える見方はたしかにおかしく、現実を説明できません。ところが
MMTでは、金属主義としての商品貨幣論は採りえないと考えるがゆえに、国家の力によって貨幣に価値を与えるとする国定説に助けを求めてしまうのです。金属主義批判には一理あるものの、解決法は下策をいってしまいました。
しかし、これらの商品貨幣論批判には抜け落ちている視点、あるいは慎重に回避されている論点があります。それはカール・マルクスの商品貨幣論です。商品貨幣論は古典派と新古典派の専売特許ではありません。相当雑な議論をする方々を除けば、大部分のMMT論者はマルクスに敬意を払い、金属主義批判の対象から省きます。
実際、内藤氏の批判の矛先は新古典派の経済学者を念頭に向けられており、またその問題点を、物々交換モデル、お金を交換の道具と考える説(交換手段説)、物価がお金の量で決まると考える説(貨幣数量説)においている点で、マルクスの商品貨幣論とは無縁です。内藤氏は慎重に断っています。
「ここで批判の対象としている商品貨幣説は、メンガーに代表される新古典派的、オーストリアン的な理論である。マルクスおよびマルクス経済学に関しては、ここでの批判が単純に適用しうるかどうかは、それ自体大きな問題であると思われるため、ここでは扱わない。」(『内生的貨幣供給理論の再構築』)
MMTや国定信用貨幣論が、商品貨幣論の研究史を慎重に吟味していれば、古典派・新古典派の挫折からすぐさま国定説へと飛びつくような、没理論的な解決を求めることはなかったといえるでしょう。