「ファスト天ぷら」と一線を画す「揚げ出し」「おかず食べ放題」、全国へと広がるか?
一方、九州に拠点を置くチェーン店の多くが特徴としているのが、オープンキッチン形式で揚がった天ぷらから提供するという高級志向の「揚げ出し」方式だ。
「揚げ出し」方式は1960年代に福岡市の天ぷら店「だるま」が始めたのが元祖とされる。九州北部では、この「だるま」を始め、一番の人気店との呼び声も高い「ひらお」(福岡市)、北九州エリアを拠点とする「ふそう」(北九州市)など複数の中小チェーン店が店舗を展開。さらに、九州の地場大手企業で九州・中国・四国地方を中心に和食ファミリーレストラン「庄屋」などを展開する「庄屋フードサービス」(佐世保市)も「揚げ出し」をウリにする天ぷら専門店「那かむら」「金の天ぷら」「天丼 金天」を九州・中国地方各地に21店舗(2019年5月現在、天丼業態を含む)展開するなど「激戦区」となっている。
福岡の人気チェーン「天ぷら ひらお」(福岡市)。九州の多くの店舗は以前から「揚げ出し」で人気を集めていた
九州ではファミリーレストランでも「揚げ出し」が楽しめる。和食ファミレス「庄屋」が手掛ける「那かむら」の天ぷら
こうした「揚げ出し」方式を採用することで全国へと展開しつつある成長株が、丸亀製麺を展開する「トリドールHD」(神戸市)の新業態「揚げたて天ぷら定食 まきの」だ。
同店は丸亀製麺の天ぷら製造・販売ノウハウを活かしつつ、丸亀製麺と同様のオープンキッチン形式で客の目の前で調理(まきのでは「都度揚げ」と称する)を実施。定番メニューの「まきの定食」が990円(+税)といわゆる「ファスト天ぷら」の各店より価格帯は高いものの、店内に落ち着いた高級感のある内装を採用するなど「上質路線」をアピールしている。2019年5月現在は全国に13店舗(天丼業態含む)しかないが、2016年には東京進出も果たした。
九州の揚げ出し方式の店舗の多くは「いかの塩辛」、「漬物」、「佃煮」などといった何らかの「おかず」が食べ放題であることをウリにしているのも特徴だが、「まきの」も同様に「いかの塩辛」などが食べ放題だ(おかずは時期や店舗によって異なるとのこと)。揚げ出し方式の店舗では「おかず」を目的に訪れる客も少なくないようで、各店の個性を際立たせるものとなっている。
「丸亀製麺」のトリドールが手掛ける「揚げたて天ぷら定食 まきの」(大阪市)。「都度揚げ」で全国制覇を狙う。個性的な「たまごの天ぷら」も人気メニューだ
また、関西を拠点に「まいどおおきに食堂」を全国展開する「フジオフードシステム」(大阪市)が展開する「天麩羅 えびのや」(45店舗、2019年5月現在)は揚げ出し方式ではないものの、価格帯は「まきの」と同水準で、おかずの「辛子明太子」や「漬物」が食べ放題。「天ぷら まきの」と同じ2016年に東京に初進出している。
現在、「まきの」は首都圏に3店舗、「えびのや」は首都圏に10店舗のみの展開であるが、「丸亀製麺」や「まいどおおきに食堂」と同様、両店がこれまでのノウハウを生かすかたちで全国へと店舗網を広げていくことができるかどうかが注目される。
一方で、とくに「揚げ出し」方式の店舗は「オープンキッチン」が必須であり、店舗スタイルが決まっている店も多いため、飲食チェーンで良くみられる居抜き方式による店舗網の拡大が難しいと思われる。そのため、てんやなどの「ファスト天ぷら店」とは異なり、とくに都心部においては一気に店舗網を伸ばすことは困難かも知れず、当分は各チェーンによる「群雄割拠」状態が続く可能性も高い。
「まいどおおきに食堂」で知られる「フジオフードシステム」が展開する「天麩羅 えびのや」。「明太子食べ放題」の旗が目立つ
「えびのや」は明太子食べ放題が特徴。これを目当てに訪れる客も多い
日本人の誰もが好きな食べ物でありながら、これまでは見かけることが少なかった「天ぷらチェーン」。その潜在市場は大きなものであることは確実だ。
次々に新たな事業者が参入し、まさに群雄割拠となりつつある天ぷら業界。大きく広がる「油の海」の覇者は一体誰になるのであろうか。
<取材・文・撮影/若杉優貴(都市商業研究所)>
【都市商業研究所】
若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「
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