上西充子教授
「今の社会、日本人って、“声を上げる”ってことが教えられていないんじゃないかなと思います。子供のいじめや虐待の問題もそうだし、あと男女の関係でもデートDVとかね、束縛されていてもそれに従わないと怖いみたいな状況になってたり、バイト先だってそうだし、パワハラがあるし就活セクハラがあるし、入社してからもまたハラスメントがあるしみたいなね。ものが言えない状況の中で、それを我慢しなきゃいけないんだ、なんか言ったら余計叩かれるんだ、そんな認識がずっと続いていて、それを変えていく言葉が足りないんじゃないかって思うんです」
そう語るのは、新著『
呪いの言葉の解きかた』(晶文社)が発売されたばかりの法政大学キャリアデザイン学部教授の上西充子先生だ。
本サイトでもおなじみの上西氏は、政府の不誠実な答弁などを詳らかにする「
国会パブリックビューイング」などの活動や、流行語大賞トップ10にもなった「ご飯論法」という言葉をブロガー・漫画評論家の紙屋高雪氏とともに生み出すなど、一貫して「言葉」と向かい合ってきた。
そんな彼女が、「呪いの言葉」の解き方についてSNSを通じて考え、そして集め始めたのは、さまざまな活動を通じて、私たちが知らずに固定化された「思考の枠組み」に拘束されていることに気づいたのがきっかけだったという。
「例えばジェンダーに関する話となると、“女性の話題”というふうに捉えられがちです。でも、この本で取り上げた杉山春氏によるノンフィクション『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新書)に書かれていたネグレクトに関する事例があります。それは、2014年に神奈川県厚木市内のアパートで白骨化した子供の遺体が見つかり、トラック運転手だった父親が逮捕された事件です。杉山氏が取材した、あの事件で逮捕された父親のことを読むと、ジェンダーの呪いに囚われているのは女性だけでないということがよくわかります。
この父親は妻が出ていき、実家の親にも頼れない中、会社では上位20%に入る優良社員で、残業も月50~60時間にも及ぶほどでした。
しかし彼は、社会において『育児を担う責任がある』存在として男性が想定されていないジェンダーの呪いに囚われ、その労働環境から脱落しないために必死に働き、結果として育児を両立できずに悲しい事件につながってしまった。
だから、ジェンダーの問題も労働問題も、決して『それはそれ』と分断されたり対立するような話ではなく、『無理をしないといけない』という点で、重なっているんです」
しかし、現代の日本社会は、そうした「呪い」に対して、人々は声を上げるどころか、呪いにかかっている人がまた、別の人を呪いにかけようとする状況にある。
「若いコに顕著なんですが、権利を主張することを『わがまま』とか、『権利ばっかり主張して』と、ネガティブな文脈で刷り込まれている人が少なくない。でもそうじゃないんです。例えばいま女性が総合職で働いたり、お茶くみやコピー取りだけではない形で働けるようになったのも、過去に“女性が総合職なんてもってのほか、お茶くみやコピー取りしとけ”みたいな社会にあらがってきた人が連綿といたから勝ち得たことなんですね。
でも、今は声をあげた人がバッシングされたりするのを見ていると、やはり声をあげることに対しての緊張や葛藤が先んじて、それが呪いとなって思考を束縛してしまう。でも、その葛藤や緊張を乗り越えて、声を上げれば状況がよくなることもあるんだよって。
ものを言ったらもう何かハブられるみたいな、そういう未来像しか見えなかったのを、そうじゃない未来像があるんだっていう、そういう部分を見せたいなと思ったんです」