「オウム事件と報道」について、なぜTBSビデオ問題が重要なのか

TBS特別番組「証言」

TBS特別番組「証言」

ビデオの開示から坂本弁護士一家殺害まで

 5月7日に配信した記事、〈茨城大ゼミ「宗教と報道」発表の拙さと「オトナの責任」〉で、オウム事件をめぐる「TBSビデオ問題」に触れた。改めて、当時TBSが放送した謝罪・検証番組をもとに、この問題の重大性を整理してみたい。  TBSがオウムにビデオを見せた経緯はこうだった。1989年10月26日、オウムは富士山総合本部道場にメディアを集めて、水中に長時間潜る「水中クンバカ」という修行の風景を取材させた。しかし麻原自身は水中クンバカを行わなかった。その際、TBSのワイドショー番組「3時に会いましょう」が教祖・麻原彰晃へのインタビューも行った。そこでリポーターが布施の問題に触れた途端、上祐史浩を含め麻原を取り囲む弟子たちが一斉にリポーターをなじり始めて紛糾。取材終了後も口論が続いた。  さらに同日深夜、早川紀代秀、上祐史浩、青山吉伸らオウム幹部が東京・千代田区にあったTBS千代田分室を訪れ、プロデューサーらに対して坂本弁護士へのインタビュー映像を見せるよう要求したのだ。  「3時に会いましょう」は坂本弁護士のインタビューも同じ日に収録していた。主に以下のことを語る内容だった。 ・娘が出家して行方不明だという親からの相談を受けた ・多額の布施という名目で借金を背負わされているという相談も来ている ・信教の自由はあるが、社会の中でやっている以上、社会的なルールはある ・宗教を利用したインチキ商法になっているとすれば社会的に断罪されるべき ・オウムは社会的に逸脱しているし金儲けについても疑惑がある ・弁護士としても法律問題として考えざるを得ない ・オウムはウソに基づいて物品を販売しているので詐欺になる  TBSがビデオを見せた4日後の10月30日、同じ教団幹部3人は坂本弁護士の事務所を訪問し、教団に対する訴訟を避けるため交渉したが決裂。11月4日未明に岡崎一明、村井秀夫、新実智光、早川紀代秀、中川智正、端本悟らによって坂本弁護士一家の殺害が実行された。

問題発覚後も事実を否定し続けたTBS

 オウムによる犯行だったことが判明したのは、1995年の地下鉄サリン事件と警察による強制捜査の後だった。TBSがオウムにビデオを見せた事実も、それまで6年間、闇に葬られたままだった。教団への強制捜査後、実行犯の1人である早川紀代秀(昨年7月に死刑執行)がTBSでビデオを見て麻原に報告したと供述。これを1995年10月19日に日本テレビがスクープしたことで、問題が公になった。  それより前の9月初旬から、TBSは繰り返し東京地検による事情聴取を受けていた。その場で、早川らがTBSでビデオを見たことなどが記された、いわゆる「早川メモ」の内容も示されていた。ビデオを見せたことが、坂本弁護士に対する麻原の殺意形成に関わっている疑いがあったからだ。しかし「社内調査」に対して、「3時にあいましょう」のプロデューサーらは「見せていない」「見せた記憶はない」と主張した。  検察が「早川メモ」の内容だとしてTBSに示した情報の中には、坂本弁護士インタビューを見ていなければわからないほど内容が一致したものもあった。しかしTBS側は、手書きである「早川メモ」の現物ではなくワープロ打ちのものしか示されていないという理由で、その事実を受け入れなかった。  検察はTBSに対して家宅捜索も行った。「早川メモ」の内容を日本テレビがスクープしたのは、家宅捜索当日の10月19日だった。TBSは日本テレビに対して抗議した。  当時の日本テレビ報道局・北澤和基社会部長は、後にTBS自身が放送した検証番組で、こう語っている。 「10月19日というのは、TBSに捜索に入るという話が入りましてね。捜索が入った以上、報道機関TBSだから、これはTBSが自ら放送するだろうと思って、実はこっちが放送に踏み切った。ところが蓋を開けてみたら昼放送の後、いきなり抗議なんですね。複数の局長から抗議の電話がかかってきました。これは驚きましたよ。っていうのは、日本テレビの放送というのは、TBSが(ビデオを)見せたとは伝えてないんですよ。TBSでオウムの幹部が見たという早川被告の供述がされたんですね。これは否定は本来できないんですよね。これは驚きました」  TBS側は同日夕方のニュース番組「ニュースの森」で、日本テレビに対して抗議した旨を放送し、改めて「ビデオを見せた事実はありません」と表明した。  放送直前に社会部長からの電話で反論原稿の内容を聞かされたTBSの司法担当キャップ(当時)・真木明氏は、前出の検証番組でこう語っている。 「そんなニュースを出したら、もう大変なことになる。これを出してしまえばもう引き返せなくなると、けっこう声を荒げて反論しました。(それに対する社会部長の反応は)結局のところは時間がないというのと、上の決定だからどうしょうもないと」  前出の北澤氏は同検証番組で、こうも語っている。 「もっと驚いたのは、これは(オウムにビデオを見せた)ワイドショーの問題ですよね。それを報道局のニュースが否定したっていうことですよね。事実を知ってるなら全てを報道すればいいんですよね。で、事実がよくわからないなら、これは本来は報道はできないはずですよ。それが、筋違いの否定と抗議だけと。これは一方的な社告ですよ。これは報道ではありませんよね。もうTBSさん、いったいどうなっちゃったんだろうと、本当に思いましたよ」  問題発覚後の対応として、TBSの組織の「上の人」が自社の「報道」をも歪めてしまった。事後対応としての組織ジャーナリズムの問題も含めて「TBSビデオ問題」である。
次のページ
「見せていない」から一転……
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会