ここまで論じてきたように現在、泊発電所は、原子力安全の基本中の基本である多重防護が大きく痛んでいると言うほかありません。
多重防護については、
原発シリーズ第1回で詳しく述べていますのでご参照ください。
従前三重であった多重防護は、1978年のフランスを皮切りに全世界で増層が進められ、1996年に国際原子力機関(IAEA)が五層の深層防護(多重防護)の基本文書「
ISNAG-10”Defence in Depth in Nuclear Safety”」 を刊行しました。
合衆国においても、合衆国原子力規制委員会(NRC)が2007年に「NUREG-1860」(
Vol.1、
Vol.2)を公開するなど、多重防護の
五層化を急速に進めてきました。
一方で日本は、非常用DGの高い起動信頼性や、送電網の堅牢性(ブラックアウトしない)など、様々な理由から多重防護は
三層で十分としてきました(*7)。これは原子力開発先進国としては例外と言って良い事例で、福島核災害とその被害拡大の主要因となりました。またこれらは、典型的な安全神話とその破綻といえます。
(*7:正確には、今世紀に入り日本では、電力会社による自主的な試みとしてアクシデント・マネジメント(AM)と称した第四層に相当する取り組みがなされていた。しかしこれらは
原子力安全委員会や原子力安全保安院の規制の下ではなく、あくまで電力会社による自主的な取り組みに過ぎなかった。福島核災害においては、むしろこのアクシデント・マネジメントが妥当なものでなく三号炉の炉心溶融を決定的にした失策であったと指摘されている。「原子力は規制の上に成り立つ」という基本の対極であった日本の取り組みが破綻した一典型事例といえる)
泊発電所では、以前から
所内での不審火が多数回発生する、原子炉建屋近くの
屋内から人糞が発見される(参照:2007/08/22付けの北海道新聞に「泊3号機 不審火前に人ぷん 嫌がらせ?関連捜査 」という記事あり。リンク切れ)、山菜採取業者が数十人敷地内に
フェンスを乗り越えて侵入するなど数多くの異常事態が知られており、東京電力柏崎刈羽発電所と並んで異常な原子力施設でした。これらは核物質防護や多重防護を傷つける原子力安全上の深刻なインシデントです。原子力発電所内でサボタージュや破壊工作(放火)が生じ、部外者が数十人侵入するような事態は、マンガの中だけで許されることです。これらのインシデントは2011年以前に集中して発生したことで、いまは報じられていませんが、原因の根絶と検証は必須です。
ここで五層の多重防護についてIAEAの定義(INSAG-10)によるものを図示します。
IAEAによる多重防護の防護レベル(INSAG-10)
p.p.51 原子力安全の基本的考え方について 第Ⅰ編 別冊 深層防護の考え方
2014年5月 一般社団法人 日本原子力学会 標準委員会 技術レポート
(上図出典リンク:
一般社団法人 日本原子力学会 標準委員会 技術レポート)
不審火や人糞放置は、サボタージュであって
第一層の破壊行為となりますが、第二層、第三層、第四層も甚大な打撃を受ける高い可能性があります。系統の不安定に起因する外部電源喪失は、第一層の破損となり、全非常用電源の起動不良、運転不良は第二層の破損となります。これにより全交流電源喪失した原子炉は防護レベル第三層の事象へと移行しますが、ここで直流電源を喪失すると防護レベル4の
シビア・アクシデント(SA)へ移行する可能性が極めて高くなります。
日本での原子力規制では、
防護レベル5の原子力防災が法的義務として事業者に求められておらず、事実上存在しません。結果として相変わらず第四層までの薄い多重防護となっています。(正確には自治体の管掌事項となっているが、完全に形骸化しており、実効性は全くない。何かが起これば住民は被曝してください、財産を失ってください、救難活動をやめなさいという福島核災害で起きたことはいまも変化がない)
多重防護は前段否定が大原則であり、各層は完全に独立して設計運用されます。従って、第三層があるから第二層は不完全で良い、第二層があるから第一層は不完全で良いという考えは絶対に認められません。この誤りは、素人原子力愛好家に極めて顕著に見られます。
北海道電力泊発電所の適合性審査合格のためには、ここまでに例示してきたすべての異常、欠陥が根絶される必要があります。
具体的先行事例として
2003年北米大停電が挙げられます。
【
事故概要 】
発生日時:2003年8月14日(木)16:10頃
停電状況:停電地域:米国北東部及びカナダ五大湖周辺
供給支障:約6,180万kW
発電支障:原子力発電所22基を含む100ヶ所以上の発電所
影響を受けた人:約5,000万人
被害額:40億ドル~60億ドル(約4,750億円~約7,100億円)(AP通信)
推定原因:オハイオ州北部で発生した送電事故により、系統動揺が発生し、次々と 発電機が脱落、広域的な供給支障となった模様。
復旧状況:16日(土)昼までにほぼ復旧
以上、日本エネルギー経済研究所資料(*8)より抜粋。
(*8:
“IEEJ:2003年8月掲載 北米東部大停電について” 平成15年8月25日(財)日本エネルギー経済研究所 電力グループ 主任研究員 小笠原 潤一、研究員 守谷 直之)
2003年北米大停電は、北海道大停電以降、頻繁に泊再稼働待望論に論拠として上げられ「原発を止めているリスク」の事例とする人々がいます。しかし実際には2003年北米大停電は、
合衆国、カナダの原子力銀座と言うべき原子力発電所集中地帯で生じたものです。
2003年北米大停電は、原因が完全には解明されていませんが、支配的な仮説は、倒木による送電支障を発端として北米全域にドミノ倒しのように障害が広がっていったというものです。このとき
電力が足りていなかったという問題は存在せず、あくまで送電網がドミノ倒し(カスケード現象)で破綻したという点では支配的仮説が合意されています。合衆国では、日本のような大規模な電力会社は少なく、都市単位、郡単位程度の小規模電力会社が極めて多くを占めています。従って広域送電網は、小さな電力会社の集合体となっています。ここに電力自由化によってさらに小規模発電会社が加わったことと、エンロン破綻による混乱が生じていたことが事故の背景としてあります。このことは電力を語る上での基礎的な常識です。
むしろカナダから合衆国東北部一帯のブラックアウトで多数の原子力発電所が外部電源喪失を起こすという深刻な事態が生じたのが2003年北米大停電です。このためカナダ原子力委員会、同原子力安全委員会は、原子力発電所の外部電源喪失対策と原子炉の運転手順等の見直しを行っています。
これらの教訓によって米欧の広域送電技術は
分散型電源に対応して飛躍的に発展し、一方で原子力依存の日本は、
遠隔地集中電源に特化した送電網を発達させた結果、再生可能エネ革命と新・化石資源革命への対応に大きく取り残されることとなっていると私は考えます。
これは断言出来ますが、
2003年北米大停電は、原子力発電所集中地帯で発生したものであって、原子力発電所があれば避けられたと言うことはありません。むしろ原子力発電所が接続される送電網は無謬ではなく、前触れもなく突然に多数の原子力発電所が同時に外部電源を喪失する危険性を示したもので、多重防護の重要性を如実に示す事例です。
これを
「原発を止めているリスク」の事例として取り上げるのは極めて悪質な嘘であり、さもなくば誤りであるといえます。
このことは、前掲の
「平成30年北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検証委員会最終報告 電力広域的運営推進機関 2018年12月19日」 にも明記されており、仮に泊発電所が適合性審査に合格した場合、泊が何らかの異常で脱落した際に送電網が破綻しブラックアウトする可能性すなわち、泊が長時間外部電源喪失する可能性はあるとして、その条件を洗い出し、送電網がそのような事態に陥らないよう対策を求めています。
2003年北米大停電については日本でも調査報告書が公開されています。(参照:
2003 年 8 月 14 日 北米北東部停電事故に関する 調査報告書 2004/3 北米北東部停電調査団)
更に大前提として既述のようにサイト内のF-1断層が活断層である疑いがある限り、立地不適格として原子炉の設置そのものが認められません。これは多重防護以前の問題です。この疑いが晴れない限り、「何をやって無駄」です。これは原電敦賀2と全く同じ状況といえます。