なぜ創業87年の電線メーカーは「キャビア作り」を始めたのか? 老舗中小企業の生存戦略

事業計画なしで飛び込んだキャビア養殖の世界

 ちょうどその頃、ワイン好きだった金子社長がワインのソムリエの資格を取得。ワイナリーを手がけたいと思うようになり、海外視察を重ねていた。 「しかし理想のワイナリーには出会えませんでした。そこで発想を転換して、ワインやシャンパンに合うキャビアはどうかと考えたのがことの発端でした。例えばフランスなどヨーロッパで食べるキャビアは本当においしいんですよ。ところが日本でも食べたいと思ってデパートの地下で探してみても、一流レストランに行っても、あのヨーロッパで食べたキャビアには出合えないんです。そこで、日本でおいしいキャビアが食べられるよう、キャビアの生産をしてはどうかと思ったんです」  ちょうど特命幹部からウナギの養殖のアイデアが出てきた頃、金子社長は「キャビアはどうだろうか」と特命幹部に持ちかけたのだ。その時、彼は「キャビアですか。ちょっと調べてみます」と即答したという。  数日後、次に社長室を訪れた時、彼は分厚い資料を抱えていた。 「社長、キャビアは面白いです。やりましょう!といって資料を見せてきたんですね。それを聞いて、じゃあ第一弾として進めてみてくれ、ということになりました」  特命幹部はたった一人で、さっそくチョウザメの研究を開始。それから間もなく、再び血相を変えて社長室を訪れた。 「チョウザメの稚魚の販売は1年のうち、6月にしか行われないことがわかりました。社長の性格を考えると来年まで待てませんよね、と言うんです」  事業計画も何もない段階で、チョウザメを買いつけることにはためらいもあったという金子社長。だが、そこで事業の進捗を1年も足踏みさせるわけにはいかない。 「そうだな。お金は出すから、進めてくれ」と金子社長はGOサインを出した。とはいえチョウザメの稚魚をどこから仕入れればいいか、社内のだれもわからない。しかもチョウザメは細かく分類すれば、27種類もあり、それぞれが特徴を持つ。卵が成熟するまでの期間も違う。  暗中摸索の状態のまま手を尽くして購買ルートを探し出し、チョウザメの稚魚1000匹を発注したのだ。

メーカーで培った技術が生かせたチョウザメ養殖!?

 発注したのはいいが、育てる施設がない。養殖場施設の確保が急務となった。それまでの勉強の成果から、養殖技術に関してはウナギほど難しいものではないことはわかっていた。キャビアの味を大きく左右するのは水であり、水がよければキャビアはおいしさを増すこともわかってくる。  さっそく国内の養殖業者の視察に動く。全国各地の施設を訪ねて目にしたのは、水質や温度を徹底管理する人工的な施設だった。 「インフラや人の生命に関わるものづくりの中で培ってきた私たちの厳しい品質管理と効率化のノウハウを、養殖事業には生かせることがわかってきました」  もう一つ、金子社長には確信があったという。それは世界中の最高品質のキャビアの味を知っているということだ。 「製造業目線でキャビアがどうやったら美味しくなるかを徹底的に追求しました。最高においしいキャビアをつくるために、最高の水を用意し、自然環境に近い場所でゆったりと育てられる施設を整えたいと考えたんです」  それから全国の水質と環境がよさそうな場所を探しては、各地で水を採取し、検査機関に水質調査を依頼。その中から選んだのが、浜松市天竜区春野町だった。
養殖施設

日本一きれいな水を探し求めて辿り着いた、天竜川上流にある養殖施設の様子(提供/金子コード)

「春野町の水は非常に綺麗なんです。南アルプスで育まれた軟水で、飲料としてもおいしい。ここでチョウザメを育てれば絶対においしいキャビアが採れると確信しました」
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挑戦。そして当初の大失敗を乗り越えて
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