「多様性」への無関心さは、いずれ日本でさまざまな誤解や悲劇を招く

橋本愛喜

NYの街中を歩くゲイカップル。世界中から多様性の波が押し寄せる中、それに慣れていない日本はどう対処するのが正解なのか

 世界各国・各分野でグローバル化やボーダレス化が浸透してきたのに際し、日本国内の外国人比率もこの20年で急増。そこに、1か月後には「改正入管法の施行」、来年には「東京オリンピック」の開催と、さらなる多様化の波が押し寄せてくる。

ダイバーシティ化の道を選んだ日本で多様性は必須になる

 かつて、「なぜアメリカ人は真っ青なケーキを平気で食べるのか? その理由がほぼ判明」の中で、一昨年末に物議を醸した某お笑い芸人の「ブラックフェイス(黒塗り問題)」について触れた。  あれから約1年。女子テニス世界ランキング1位の大坂なおみ選手におけるホワイトウォッシュ騒動(非白人を白人に置き換えること)によって、依然として「世界の差別感覚」に順応できていない日本の現状が露呈した形となった。  こうした人種問題が国内で持ち上がると、毎度「気にしすぎだ」、「他文化の感覚を日本に押し付けるな」、「そんなことを差別だと思うほうが差別なのでは」といった声が多く挙がるが、ダイバーシティ化の道を選んだ日本では、こうした考え方は今後通用しなくなる。  否が応でも迫られる「多様化」や「他文化との共生」。これにより、日本には今後どのようなことが待ち受けるのか。移民大国であるアメリカの様子から紐解いてみよう。  現在、トランプ大統領の自国第一主義に揺れるアメリカだが、それでもなお多くの人種が力強く生きている。  中でもニューヨークには「世界の最先端」を求めて、あらゆる人種が各国から集結。街のコスメショップに並ぶ「各肌色」のファンデーションの列を見れば、「日本の肌色」の概念は一気に吹っ飛び、どうしてブラックフェイスやホワイトウォッシュが差別に繋がるのかがよく分かる。

NYのコスメショップに並ぶ、人種別の肌色に対応したファンデーション

 こうして多くの文化が集えば、その分だけ価値観や思想、主張も多様化する。堂々と手を繋ぎ合う他人種同士のゲイカップルや、ニカブを身にまとう女性イスラム教徒などと肩を並べて歩いていると、自分自身も「この街の一部を作り上げている」という誇りのようなものを感じるようになる。  このような多様性に富んだ街では、「人と違うこと」、「マイノリティ(少数派)な存在」であることは「個性」として捉えられ、他人に真似されないという点においては、大きな武器にもなる。  しかしその反面、「本人が努力しても変えられない事実」、「生まれながらの特徴」という見方においては、センシティブな感覚が個々にあり、それらに対しては大変細かな配慮が必要とされるのだ。
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「多様性」に免疫がない日本社会に、これから求められるものとは?
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