安田純平氏が戦場取材をする理由。「『テロリスト』として殺される“普通の人”の存在を伝えたい」

岡林信一
安田純平講演会

シリア内戦の取材と拘束時の体験を語る安田氏

 2015年6月にシリアで武装勢力に拘束され、40か月もの長い拘束の末に昨年11月に解放されたフリージャーナリストの安田純平氏が、2月16日に神戸市内で講演。「あきらめたら終了です」と題し、420人が参加した。  この報告会は安田氏の解放直前に、日本に帰国されたら生の声・体験を聞きたいと意気投合した個人が募って、兵庫県弁護士9条の会、市民社会フォーラム、明日の未来を考える若手弁護士の会兵庫、Facebookページ動物会議憲法編が実行委員会として主催した。  講演の内容についてはすでに神戸新聞が報道しているので、「戦場でジャーナリストして取材をする、現場での気持ちは?」という参加者の質問についての安田氏の応答を紹介したい。安田氏の下記発言は、メディアやネット上で喧伝される「自己責任バッシング」に抗するために、筆者を含む実行委員会としても最も伺いたかったことでもある。

「その場で見たことを伝えなくてはならない」という義務感

【安田氏の発言要旨①】  戦場に行く理由は、そういう場所に行ってみたいから。好奇心がいちばん大きい。そこでは人々が殺されていることを報道しなくてはいけないが、人々は何とか生きていこうとしている。その、何とかしようとしているところを見たい。  日本でも生活は大変だが、飢えて死ぬことはあっても、海外で起きているような大規模な飢餓や戦争で死んでいくことはない。そういう場所に自分が行ったらどうなるんだろうか。たまたま日本に生まれた自分はそうした経験をしないで生きているが、今地球上のどこかで起きているそうしたことを知らないまま死んでいくのは、今の時代に生きている人間として恥ずかしいのではないか、間違っているのではないかとずっと思っていた。  戦場で生きてきた人たちと、そうでない場所で生きた人間とでは、人として到達する場所が全然違うのではないかという気がした。戦場にいる人たちが、人間としてどういう姿をしているのか見たいということがいちばん大きい。  新聞記者をしてきたこともあるし、見たことは伝えなければいけない。そういう場所にいる人たちは訴える手段がない。帰る場所のある“恵まれた人間”としては、貴重な彼らの人生の時間を使って訴えてきた話を持って帰ってこなければ本当に申し訳ない。はじめから伝えたいものがあって行くのではなくて、現場に行くことで「その場所で見たことを伝えなくてはならない」という義務感が生まれてくる。
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殺されるのは普通に暮らしている人たち
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シリア拘束 安田純平の40か月

2015年6月に取材のためシリアに入国し、武装勢力に40か月間拘束され2018年10月に解放されたフリージャーナリスト・安田純平。帰国後の11月2日、日本記者クラブ2時間40分にわたる会見を行い、拘束から解放までの体験を事細かに語った。その会見と質疑応答を全文収録。また、本人によるキーワード解説を加え、年表や地図、写真なども加え、さらにわかりやすく説明。巻末の独占インタビューでは、会見後に沸き起こった疑問点にも答える

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