rey perezoso via flickr(CC BY-SA 2.0)
トランプ米大統領は2月15日、不法移民問題に対し非常事態を宣言した。
大統領就任前から掲げていた国境沿いの壁建設を、非常事態宣言というカードを使って強引に進めようとするトランプ大統領だが、職権乱用や憲法違反の可能性も指摘されており、前途は多難だ。また、壁の建設が麻薬の密輸や人身売買といった犯罪に対する抑止力になるという大統領の主張にも、過去のデータによってすでにクエスチョンマークがつく始末。壁建設への異常なまでの執着心は、トランプ支持者が多いとされ、やがて人口面でもマイノリティになることが確実視される白人有権者への精一杯のパフォーマンスなのだろうか?
非常事態を宣言する直前の11日、トランプ大統領はテキサス州南部のエルパソで支持者集会を開いた。エルパソはメキシコとの国境に位置する町で、国境線のメキシコ側には100万人を超える大都市のフアレスがある。エルパソでは2008年から2009年にかけて、国境沿いをフェンスで囲む建設が行われた。
トランプ大統領は支持者に向けた演説の中で、「壁の建設によって、エルパソはアメリカで最も安全な都市の1つになった」と主張したが、この発言にエルパソ市長や地元議員、地元メディアが反論している。トランプ大統領は壁による抑止力をアピールしようと試みたが(エルパソでは、ほとんどが壁ではなく、フェンスになっている)、人口約70万のエルパソで最も殺人事件が多かったのは1993年で、フェンスが建設される前となる
2006年にはすでに人口50万人以上の都市としては最も安全な町になっていた。2018年にエルパソで発生した殺人事件は前年よりも多い23件となったが、エルパソよりも人口の少ない東部ボルチモア(約62万人)では309件、人口50万以下の都市でも中西部セントルイス(約32万人)では186件の殺人事件が発生している。
エルパソと国境を接するメキシコのフアレスでは、麻薬カルテルによる犯罪が多発。地元紙「エル・ディアリオ」によると、ピーク時の2010年には3057人が市内で殺害されている。殺人を含む凶悪犯罪は減少傾向にあるものの、2018年にフアレスで発生した殺人事件は1247件に達し、アメリカ国内のどの町よりも多い数字となっている。トランプ大統領はフアレスの治安がエルパソや他のアメリカの都市にも影響を与えるというレトリックを用いたが、エルパソの安定した治安がトランプ発言の真偽について全てを物語っているのではないだろうか。
エルパソで生まれ育ち、2020年の大統領選挙への出馬も噂される民主党のベト・オルーク前下院議員は15日、MSNBCの番組内で「私ならメキシコとエルパソを遮断している壁を撤廃させるだろう。
アメリカ市民の恐怖や不安を煽っていることが、一番大きな問題なのだ」とコメントしている。大統領選挙を見据えての発言と思われるが、壁の建設が犯罪を防ぐというトランプ大統領の主張に具体的な根拠が存在しないことを、有権者に改めて訴えている。
メキシコ側から多くの犯罪者が流れ込み、アメリカの治安が悪化するという主張は、トランプ氏が大統領就任前から言い続けてきたものだ。麻薬カルテルやギャングのメンバーがアメリカに不法に入国し、麻薬の密輸や、性産業で働かせるための人身売買が横行するという主張は果たして正しいのだろうか? 少なくとも、
アメリカの政府機関が公式に発表したデータは、トランプ大統領の言い分とは大きく異なるものであった。
米税関・国境警備局が公開したデータによると、アメリカ国内に密輸されるコカイン、ヘロイン、覚せい剤、向精神薬の8割から9割が、空港と港から持ち込まれている。アメリカとメキシコの国境には麻薬カルテルが作ったとされる密輸・密入国用のトンネルも存在し、メキシコからそのまま大量のドラッグが密輸されているイメージが強いが、押収量に目を向けると、
国境ではなく空港や港が密輸の拠点となっていることが分かる。
外国人女性を売春行為に従事させる人身売買についても、トランプ大統領はメキシコ側から多くの女性がアメリカに連れてこられていると発言したが、国際移住機関(IOM)の調査によると世界中で行われている人身売買の約8割は飛行機や船を使ったもので、アメリカを含む各国の空港や港から入国している。昨年12月には米司法省がアメリカ国内に住む36人を売春目的の人身売買に関与した容疑で起訴したが、その手口は数百人のタイ人女性に偽造ビザを与えて、空路でアメリカに入国させるというものであった。
メキシコとの国境に新たな壁やフェンスを作ることが犯罪の抑止力にならないとは言えないものの、非常事態宣言によって捻出する約8000億円で新たな壁を建設した場合、その費用対効果には疑問符がつく。