費用対効果や憲法違反の可能性から、壁の建設が実際に行われるか否かは、現時点では全く不透明だ。トランプ大統領の非常事態宣言は、彼の支持者に対して「野党などからの激しい抵抗をはねのけて、大統領としてきちんと公約を守った」というメッセージを送ることはできた。しかし、壁の建設だけで不法移民の流入を全て防ぐことは不可能であり、アメリカ社会はすでに白人社会から多様性社会への移行を始めている。
トランプ大統領を支持する白人ブルーカラー層の中には、アメリカ国内における白人の立ち位置がマジョリティからマイノリティに「転落」することを危惧するものも少なくない。一部の白人有権者が抱える漠然とした焦りは、トランプ大統領のポピュリズム政策と親和性が高く、どれだけ失言を繰り返しても支持率が一定のレベルをキープするという特異な現象を生み出している。
ギャロップ社が今月前半に実施した最新の支持率調査によると、トランプ大統領を支持すると答えた有権者は全体の44パーセントで、これまでで最も低かった時でさえ支持率は33パーセントあり、最低支持率だけをみるとブッシュ親子やフランスのマクロン大統領よりも高い。
首都ワシントンにあるシンクタンク「ブルッキングス研究所」のウィリアム・フライ上級フェロー(大都市政策プログラム)は15日、「トランプの壁はアメリカの多様性ブームを止めることはできない」と題した記事を発表。2000年からの人種別統計で、最も人口が増えたのはアジア系で、それにヒスパニックが続く形となっている。9歳までの年齢に限定すれば、白人はすでにどの年齢でも全体の半数以下となっており、2000年から2015年までの白人の
人口成長率は1パーセントであった。
白人層における出生率の低さに加えて、
高齢化も大きな問題だ。55歳以上のアメリカ人の70パーセント以上が白人で、75歳以上では約8割が白人となっている。しかし、日本とは異なり、白人の少子高齢化イコール労働力人口の減少とはならないのがポイントである。アジア系やヒスパニック系の人口が増えることによって、結果的にアメリカ国内における労働力人口は維持されていく。非常事態宣言という強硬手段によって壁の建設に着手したいトランプ大統領だが、すでにアメリカ社会で暮らす非白人層の人口をコントロールすることはできないため、新たな壁の有無にかかわらず、アメリカ社会の多様化は自然な形で進んでいくだろう。
<取材・文/仲野博文 TwitterID:
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rey perezoso via flickr(CC BY-SA 2.0) >
なかのひろふみ●ジャーナリスト。米エマーソン大学でジャーナリズムの修士号を取得。ワシントンDCで日本の報道機関に勤務後、フリーに転身。2008年より東京を拠点に活動を開始。ラジオでもJ-Wave「Jam The World」のナビゲーターを約4年務め、英BBC系のニュースラジオでは日本から情報を発信。欧米の軍事・犯罪・人種問題を得意とする。ホームページ hirofuminakano.com