なぜクラフトジンブームが起きたのか? その背景には200年ぶりに復活したある免許の存在があった

林泰人
 お酒好きの読者ならご存知の方も多いだろう。数年前からクラフトジンが世界的なブームになっている。

約200年ぶりに発行された蒸溜免許

 アルコール飲料の市場分析会社IWSRの調査によれば、世界のプレミアムジン(22.5ドル以上のジン)市場は’17年に対前年比で117%の成長を記録。ここ日本においては、’18年に対前年比181%(サントリー株式会社推計)と右肩上りの成長を続けているのだ。  この背景には、バーで飲まれるジントニックといった既存飲用だけでなく、レストランでの食中酒やソーダ割といった新たな経営戦略で、ユーザーの裾野が広がっていることが挙げられる。  また、クラフトビールブームにも共通することだが、ユーザーが世間一般で手に入る商品以上の“体験”や独自性を欲していることも、市場規模が拡大してきた要因のひとつであろう。  しかし、もっとも意外な理由は、本場・イギリスにおいて新たに蒸溜免許が発行されたのが‘08年と、つい最近であることだ。今でこそブームが訪れているクラフトジンだが、その中心地であるイギリスでは約200年間に渡って蒸溜免許がおりていなかったのである。  これだけの期間、蒸溜免許が発行されてこなかったため、役所には免許の雛形すらなく、新たに発行されたものは手書きだったのだとか。ウエストロンドンのジン蒸溜所・シップスミスのマスターディスティラー、ジャレット・ブラウン氏は、その歴史を次のように解説する。 「1700年代のロンドンでは、4棟に一軒もの割合で稼働している蒸溜器があったんです。しかし、1823年に可決された法案によって、1800リットル未満の中小規模の蒸溜器では、蒸溜免許が却下されるようになってしまった。それももう一度請求できない仕組みになったんです」  栄華を誇っていたロンドンのジンだが、法改正によって現在のようなクラフトジンを作ることは叶わなくなってしまった。  しかし、アメリカのクラフトビールに刺激を受けたサム・ゴールズワージー氏とフェアファクス・ホール氏という2人の幼馴染、そしてブラウン氏を加えたシップスミスの創業者3人が、英国政府に幾度も陳情を行った結果、ついにジン蒸溜免許が発行されたのだ。
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口内で広がるボタニカルの香り
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