日本にはこれまで住宅の断熱基準が義務付けられていなかったため、ほぼ無断熱の住宅を販売しても許されてきた。そのような状態は健康面のリスクだけでなく省エネや地球温暖化対策にも逆行するとして、近年は国(国土交通省)でも制度として断熱基準を定める方向で議論を進め、2020年には義務化をすることが決まっていた。
国が定める断熱基準のレベルは、国際的にはとても低レベルのものだ。それでも、無断熱の住宅建設さえ許されてきた日本で最低限の基準ができることには、一定の意義があった。
ところが、2018年12月に行われた国交省の審議会(※)では、一転して義務化が見送られる方針が打ち出された。義務化に対応できない建設事業者が多くいることや、2020年までに行政の手続きへの対応が間に合わないといったことなどが理由として挙げられたが、寒い住宅に住み健康リスクを負わなければならなくなる居住者の権利はまったく考慮されていない。
※2018年12月3日に開催された、国交省の「社会資本整備審議会建築分科会建築環境部会」
岩崎真弓弁護士は「この義務化見送りの動きは、断熱をめぐる裁判にも悪影響を与えるのではないか」と懸念する。これまで、住宅の断熱性について施主と施工業者の間でトラブルになった裁判では、完成した住宅の断熱レベルが低かったとしても、裁判所はある一定のレベルの断熱をすることが「施工常識とは言えない」との立場を取ってきた。
また、断熱は建物のエネルギー効率や居住性能を高めるためのものという認識で、「断熱しないことが建物の基本的な安全性を損なう瑕疵である」とは認めないという判断をする事が多かった。断熱基準が義務化されれば、その流れが変わった可能性が高い。
「いまの裁判所は、断熱レベルが低くても快適性を左右する程度で、生命や健康に重大な影響を与えるとは認識していません。断熱基準の義務化により、その認識が変わると期待していました。義務化が見送られてしまえば大変残念ですが、今後も住宅を断熱することの重要性を法制度に取り入れられるよう働きかけていきたいと考えています」(岩崎弁護士)
住宅の劣悪な断熱性能によって、多くの人の命や健康が失われている現状を考えると、法制化は不可欠だ。しかし国や裁判所の態度はその点を認識しておらず、黙って待っていても暖かい家に誰もが住める社会には近づかない。一般の国民が、寒い家は自分たちの人権に関わる問題だという認識を深め、「まっとうな家に住みたい」という声を出していく必要があるのではないだろうか。
◆ガマンしない省エネ 第11回
<文/高橋真樹>
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。環境・エネルギー問題など持続可能性をテーマに、国内外を精力的に取材。2017年より取材の過程で出会ったエコハウスに暮らし始める。自然エネルギーによるまちづくりを描いたドキュメンタリー映画
『おだやかな革命』(渡辺智史監督・2018年公開)ではアドバイザーを務める。著書に『
ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)『
ぼくの村は壁で囲まれた−パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)ほか多数。