戦後レジームから学び直す「北方領土」問題

択捉・国後は千島列島、色丹・歯舞は日本本土

 ポツダム宣言の規定を条約として具現化したのが、1951年9月8日に署名した「サンフランシスコ平和条約」です。アメリカ等の多くの連合国が日本とこの条約を結ぶ一方、ソ連等の東側連合国は結びませんでした。これは「北方領土」について、第2条c項で次のように規定しています。 “日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。”  明確なのは、日本が「千島列島」を放棄したことと、その「千島列島」の範囲が条約に示されていないことです。条約が結ばれたサンフランシスコ平和会議で、日本政府全権の吉田茂首相は、次のように興味深い発言をしています。 “千島列島および南樺太の地域は、日本が侵略によって奪取したものだとのソ連全権の主張は承服いたしかねます。日本開国の当時、千島南部の二島、択捉、国後両島が日本領であることについては、帝政ロシアもなんら異議を挿まなかったのであります。(中略)千島列島および樺太南部は、日本降伏直後の一九四五年九月二十日一方的にソ連領に収容されたのであります。また、日本の本土たる北海道の一部を構成する色丹島および歯舞群島も終戦当時たまたま日本兵営が存在したためにソ連軍に占領されたままであります。”  つまり、択捉島と国後島が千島列島に含まれること、色丹島と歯舞群島が日本本土に含まれることを前提に、平和条約が結ばれたと分かります。この吉田発言について、日本政府は「吉田全権は歯舞群島、色丹島が日本本土の一部を構成するものであることはもちろん、国後、択捉両島が昔から日本領土であった事実について会議参加者の注意を喚起しています」とし、国後・択捉両島は千島列島に含まれないと説明しています。けれども、吉田全権は両島を千島列島に含む前提で発言しており、日本政府の説明は牽強付会といわざるを得ません。  日本とソ連の戦争状態を終わらせたのは、1956年10月19日に署名された「日ソ共同宣言」です。名前こそ共同宣言ですが、サンフランシスコ平和条約と同様に両国議会で批准された「条約」です。同年12月12日に発効しました。領土については、第9項の後段で次のように規定されています。 “ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする。”  第一のポイントは、色丹・歯舞の二島について、日ソどちらに主権があるかを示さず、ソ連の厚意で(要望にこたえ、利益を考慮して)「引き渡す」と定めていることです。ソ連が、両島の主権を日本に認めた上で「返還する」わけではありません。一方、両島の主権がソ連にあるとも読めません。ソ連が両島を「譲渡する」とも書いていないからです。両国の主張と面子を立てながら、現実として両島の「日本復帰」を約束したものと読めます。  第二のポイントは、択捉・国後について、何も言及していないことです。この点について、日本政府は「両島のわが国への返還問題こそが、平和条約締結交渉によって解決されるはずの問題であることは、前に述べた〈松本・グロムイコ書簡〉からみても、日ソ共同宣言第九項からみても当然」と説明しています。なお、日ソ共同宣言に先立つ同年9月29日の「松本・グロムイコ書簡」では、グロムイコ外務次官が「領土問題をも含む平和条約締結に関する交渉を継続することに同意」していますが、それが択捉・国後両島の帰属を含むか否かは、往復書簡のどこにも記されていません。平和条約締結時にソ連から日本に「引き渡す」とした色丹・歯舞も、主権を曖昧なままにしていますので、それらの帰属を決めるとも読めます。  つまり、日本政府は、サンフランシスコ平和条約で留保なく千島列島を放棄し、色丹・歯舞を日本本土の一部と主張するとともに、日ソ共同宣言で色丹・歯舞の主権を明確にすることなく日本への引き渡しをソ連と約束し、択捉・国後を係争地とソ連に認めさせることはできないまま、両条約・宣言を批准したのです。
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第二次大戦の結果に「逆らう」ことの意味
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