なぜベンチャーはブラック企業になりやすいのか? 起業家にとっての「労務管理」

働きすぎで人は死ぬ

――これまでの話を伺っていると、会社も、労働者も、起業家や経営者も、リスクを把握していないように思えます。人は労働で死なない、と思っている。 上西:自分も死ぬだろうし、人を死なせるかもしれないし、人の人生を破滅させるかもしれないんです。(NHK記者で、過労死の労災認定された)佐戸未和さんのお母様が、こういうふうにおっしゃっていたんですね。「生身の人は死ぬんです。働きすぎで人は死ぬんです」と。過労死という言葉は知っていても、自分の家族や配偶者や友達が、このままだと死ぬというような、想像力は持てないわけですよね。  過労死遺族のインタビューを読むと、皆さん「死ぬとは思わなかった。そんなことになるとわかっていたら、強引にでも休ませたのに」とおっしゃっているんですね。心配はしていても、頑張るというから本人の意志を尊重してみよう、と思っている。ところが、実際に死んじゃうと世界が変わるわけじゃないですか。そこで初めて「あそこで止めなきゃいけなかったんだ」とわかるわけです。わかった人だからこそ、他の人に頑張って伝えたいわけですよね。でも、そこには伝わらない壁があるんですよね。 ――「過労死」という言葉がイメージしている部分が、実態と離れている部分があるのではないか、とも思います。「睡眠2時間で朝から終電まで」とかだと、流石におかしいとわかっても、睡眠4時間、5時間で死ぬとは思っていなかったりする。でも、実際はそれでも亡くなる方はいるわけですよね。 上西:若い人は元気ですしね。でも、若い人でも徹夜すれば集中力が落ちるのは実感できますよね。精神力と肉体は違うから、身体の声を聞こうね、とは言えるのではないでしょうか。「死ぬよ」というと極端に聞こえるけど、「頑張るためにも健康でいるって大事だよね」と。 「無理がない範囲で頑張れるためにはどうしたらいいか」という発想をすることは、頑張り続けるためにも大事なことだし、将来的に起業したり、経営者になっていくことを考えるのであれば、率先して自己管理をして、社員にも配慮する姿勢を示すことが、良い社員を雇用するためにも大事だということが広まればいいと思うんです。 ――著名な方で「自分は睡眠2時間だ」とおっしゃっている人がいて、「ホントか?」と思ったりすることもあるんですけども(笑)著名な方が発言することの弊害もありますよね。 上西:人にもよるんでしょうね。ただ、生き残った人は「それでも出来る」とおっしゃるけども、その背後にはメンタルを病んだ人が沢山いらっしゃるんですよ。そういう人が「こんなに働いていたらメンタル壊しますよ」とはなかなか発言できないですよね。  高度プロフェッショナル制度の法制化の議論が国会でされていたときに、いろいろな声を集めたんですけども、「自分もそうだった」「自分の家族もそうだった」という声はボロボロ出てくるわけですね。でも、「体を壊した、メンタルを壊した」という人は、なかなか表立って声をあげにくい。  最近「自分はいじめられた」ということは比較的しゃべれるようになってきましたよね。それによって、いじめた方は忘れていても、いじめられた方は忘れられなかったり、心の傷になったりすることが社会的に理解されるようになってきました。でも、身内の方が自殺されたり、メンタルを病んだことは言いにくいですよね。もしそれを知っていたら、「自分が今、その際にいるかも知れない」「自分は今、人をその際に追い込んでいるかもしれない」ということがわかるかもしれない。 ――ブラック企業がそれでも変わるのでしょうか? 上西:私は「ブラック企業とホワイト企業があるわけじゃない」とよく言っているんです。グラデーションなんだよ、と。頑張ることと、過労の間もグラデーションなわけじゃないですか。  私も、疲れているとメールも返したくなくて、Twitter しかしたくないことがありますけど、それがわかるというのも大事じゃないですか。労働法を知ることも大事なんですけど、自分が今、正常な判断ができているのかどうかをわかるようになることも大事ですよね。 「待ってても、あるべき法の秩序は実現しない」という記事に書いたんですが、一見ホワイトな大企業でもパワハラがあったり、問題がある人もいるし、あなただって、メンタルを病んだり体を壊すことも当たり前にあるんです。  真っ白な企業を探すんじゃなくて、いろいろ問題があるけれども、一応育児休業はとれる、とかね。そういうふうに多重構造的に、少しずつ変えていける方がいいと思います。 「良い企業に入りたい」と思うだけではなくて、新しい秩序を作っていくために変えていこう、立ち上がっていこう、と思ってほしい。バイト先も、耐えるか辞めるかだけじゃなくて、良くしていくために何が出来るかということの経験を積んでいけば、その会社の良し悪しもわかっていくはずなんですよね。 ――より働きやすい企業へと変えていく、社会を変えていく。その延長線上に、企業を興すという選択があってもいいのかな、と思いました。起業家も、そういったことを学ぶ必要があると思います。今日はありがとうございました。 ◆「栄光なき起業家たち」#3 <文/遠藤結万 Twitter ID:@yumaendo> えんどう・ゆうま●早稲田大学卒業後、グーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。中小企業向けセールスとアジア太平洋地域の分析を担当。退社後、スパーク株式会社を設立し、インハウス化やマーケティング戦略支援、マーケティング教育などを手がける。デジタルマーケティングについてのブログ「エッセンシャル・デジタル・マーケティング」を運営中。著書に『世界基準で学べる エッセンシャル・デジタルマーケティング』(技術評論社) 上西充子(Twitter ID:@mu0283)●法政大学キャリアデザイン学部教授。共著に『就職活動から一人前の組織人まで』(同友館)、『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社)など。働き方改革関連法案について活発な発言を行い、「国会パブリックビューイング」代表として、国会審議を可視化する活動を行っている。
えんどう・ゆうま(Twitter ID:@yumaendo/筆者のnote)●早稲田大学卒業後、グーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。中小企業向けセールスとアジア太平洋地域の分析を担当。退社後、CMO株式会社を設立し、インハウス化やマーケティング戦略支援、マーケティング教育などを手がける。デジタルマーケティングについてなどを「ブログ」にて執筆・公開中。著書に『世界基準で学べる エッセンシャル・デジタルマーケティング』(技術評論社)
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