30年たゆまず拡大し続ける「星矢」というビッグバン
だが、所変われば解釈など一瞬で変わってしまうのも事実だ。
Eugene Son氏に対し「原作をちゃんと読んでいるのか?」という批判もあったが、原作を読んでいても、バックグラウンドや文化理解度には限界があり大幅改変されてしまうのは致し方ない部分もある。筆者は、ファンの多い南米からヨーロッパ、そして北朝鮮に至るまで各国の星矢ファンと交流してきたが、日本人のファンのように「多面的な」解釈をする人はほぼいなかった。
たとえば、どの国籍のファンと話していても、黄金聖闘士で最強は誰かという話の次に必ず議題に上がるのが魚座と、作品最大のヒールである蟹座についてだ(わからない人には申し訳ない)。
特に魚座についてフランス人とメキシコ人のファンは「魚座はオカマだ。なぜなら、女みたいだから」と一刀両断、唯一の北朝鮮のファンは独自に深読みし「魚座はあれで同性愛者を表現しているが、作者が気を使って明言していないのだ」と言っていた。
海外のマッチョイズムにおいては、「女のような外見=ゲイ」という単純な図式が根強く残る。日本の古参のファンとしては「何もわかっちゃいない」と苛立ちを覚えるだろうが、かといってゲイではない根拠も作品には明示されておらず、反証はできない。
だいたい、日ごろ男性キャラ同士のBLという“超解釈”を繰り返すファンも似たようなものである。公式キャラクターの性別変更に文句を言うべきではないのかもしれない。
このように「星矢」はファンが想像力を挟む余地が無限に存在する上、作者自身が多くを語らず、原作のコントロールを手放している以上、「正解」にも多様性があると考えて良いだろう。それは、「星矢」の持つメッセージ性とも矛盾しない。
“車田ブランド”オーナーとして、どのような形であれ作品を愛してくれれば良いと話すのみ。作品の最後でも、愛こそが全てであると説いている。
何より冷静に読むと「なぜそうなったのか」と問わざるを得ないツッコミどころが最低でも2ページごとに現れ、議論のネタに事欠かない。「だからこそ、30年も人気が続いている」と語るファンも多い。
無数の星が集まって一つの銀河を織りなすかのごとく、ファンの様々な解釈や思いの総和で形作られているのが、聖闘士星矢という作品なのだと理解したい。
今後はさらに、ハリウッド実写化という最大の難所が控えている。過去、数々の名作漫画がハリウッドリメイクによって駄作以下に成り下がっていることから、ファンの杞憂も大きい。再び紛糾が予想されるが、30年経って今だ拡大し続ける「星矢」というビッグバンにおいては、それも些細な出来事なのかも知れない。
【安宿緑】
編集者、ライター。心理学的ニュース分析プロジェクト「
Newsophia」(現在プレスタート)メンバーとして、主に朝鮮半島セクションを担当。日本、韓国、北朝鮮など北東アジアの心理分析に取り組む。
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