死に瀕する民主主義。一人ひとりが民主主義を守る自覚を ~『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』書評

「柔らかいガードレール」の喪失

 『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジラット)は、死に瀕した民主主義の臨床診断とも言うべき一冊である。著者は冒頭でふたつの民主主義の死に方を紹介する。ひとつはクーデターなど暴力的な方法による死に方。多くの人がイメージするのはこちらの死に方だろう。  しかし、実際には民主主義的なプロセス(投票)によって選ばれた者が合法的に独裁者への道を進むことことも多く、そちらの方が深刻といえる。著者は「民主主義の死は選挙から始まる」と明確に言い切り、ベネズエラなどの事例をあげ、どのように民主主義が死んでいったかを解説している。  だが、有権者が必ずしも合理的な投票行動をとらないのは突然始まったものではない。社会的要因によって有権者がより感情的に投票行動を取るようになったことと、民主主義を守ってきた”柔らかいガードレール”が失われたことが原因と本書では指摘されている。  ”柔らかいガードレール”とは法律や制度に規定されていない規範である。倫理的基盤と言ってもよいだろう。あらゆるものをあらかじめ明文化し、法律や制度にすることは難しいし、仮にそうしたとすればあまりの煩雑さに運用がたちゆかなくなるだろうし、悪用されたら終わりだ。  アメリカでは大統領は強大な権力を持つが、これまで独裁者が誕生しなかったのは”柔らかいガードレール”がうまく機能していたおかげだ。候補者の段階で政党が危険な候補者を排除し、仮に大統領となってから暴走したとしても二大政党が協力して暴走を抑え込む。これらの行動は、異なる政治的信条を持つ政党あるいは政治家の間に相互的寛容があり、党派の利益よりも民主主義的価値を優先し、議論は相手をたたきのめすためではなくよりよい政策を実現するために行っていた。また大統領自身にも自制心があり、強大な権力を濫用する者は少なかった。この相互的寛容と自制心こそがアメリカの民主主義を守る”柔らかいガードレール”だった。  もちろん、”柔らかいガードレール”は一朝一夕にできたものではなく、多くの試練を経て生まれ、20世紀に入ってから安定するようになった。  しかし、”柔らかいガードレール”は崩壊し、その結果トランプ大統領が誕生した。  著者はアメリカの民主主義が危機的状況に陥った理由として、2010年のシチズン・ユナイテッド判決(企業、団体からの無制限の寄付を認める判決)と、代替的なメディア(ケーブルニュースやSNS)の隆盛をあげている。前者はアメリカ特有の要因だが、後者は多くの国でも見られるものだ。
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民主主義を投げ出していいのか?
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