さて駅ビルのうち、地下2階、そして地下3階には「黄色い線」が引かれているエリアがある。この線の先は香港ではなく、純然たる「中華人民共和国」だ。
実は、西九龍駅の地下には「国境」となる黄色い線が設けられており、出入境手続きはここで行われるうえ、黄色い線の先では中華人民共和国の法律が適用される。このことが、香港市民に大きな波紋を広げている。
以前から運行されている香港と中国本土を繋ぐ在来線の直通特急列車「広九直通車(広州-九龍)」などでは、香港側の乗車駅で出境手続きを、大陸側の到着駅で入境手続きをおこなう形式が採られているほか、普通列車(地下鉄など)で香港から中国本土の深圳市へと入る場合は、中港国境エリアの香港辺境禁区内にある香港MTRの羅湖駅と落馬洲駅で一旦下車し、駅構内に設置された出入境手続きのための施設を徒歩で抜けて中国側に設けられた深圳駅、福田口岸駅へと乗り換える形式となっている。
現在も地下鉄などで香港から中国側に入る場合は、羅湖駅などで下車し、徒歩で入境ゲートを通る必要がある。写真は羅湖の出入境ゲート・中国側
このように、国際列車が発着する駅での入国審査の方法は国や路線によっても様々であるが、今回のケースと同様、「駅構内」に他国の出入国審査場が設けられている例も少なくはない。
この方法は従来の香港と深圳を繋ぐ鉄道路線のように「わざわざ列車から降りて手続きをおこなう」よりもはるかに合理的であり、政府も西九龍駅での方式を「一地両検」としてその利便性をアピールしているが、しかしここは線路上の国境からは30km以上も離れた「香港中心街の一等地」だ。
地元では「西九龍駅の地下には中国政府が設けた隠しフロアがある」などといった噂も流れるなど、中国政府の動きに敏感になる香港市民も少なくない。
海から見た香港西九龍駅(中央左寄りのドーム状の建物)。まさに「香港中心部の一等地」であることが分かる
高鉄の開通から2日後の9月25日には、香港の「中国化」に反対する野党・香港民族党の活動を強制停止させるなど、中国政府は香港政府(香港特別行政府)を通じて民主化運動への締め付けを一段と強めている。そうしたなかでの駅構内への「国境」設置だけに、香港と中国本土の交流が更に増えていくにつれて今後もこうして中国の公安関係者が香港内に留まるケースが増えることを危惧し、香港市内では反対デモが相次いでいるという。
高鉄に乗車するための出札は地下1階。改札を抜けるとまず安全検査を受け地下3階へと降りる。そこで香港の検疫を通り、「国境」となる黄色い線を超えると香港からの出境となる。
駅構内に設けられた「国境」を人々が超えていく。ライン上は記念撮影スポットにもなっていた
この線から先は日本や香港で使われる漢字とは異なる簡体字が掲出されるなど「ここは香港でありながら香港ではない」という雰囲気が漂う。中国の検疫を通り入境検査を受ける。パスポートに捺されるスタンプも「西九龍」ではなく簡体字の「西九龙」だ。
再び改札を抜け、地下4階へ降りるとようやくホーム(月台)へと到達する。ホームの駅名票は香港鐵路と同様のスタイルで「香港西九龍」。車両は中国高速鉄路とほぼ同じものだが、車体色は香港鐵路のコーポレートカラーの赤色で、再び香港へと戻って来た気分になる。
香港西九龍駅のホーム(月台)。写真の車両は中国側が所有するCRH380AL型。香港側が所有する車両(CRH380A型)は「動感號」と命名されている
なお、現在高鉄は開通したばかりとあって非常に混み合っており、数時間後の列車でないと切符が取れないことも多いので注意が必要だ。また、出入境検査や持ち物チェックなどでも並ぶ必要があるため、駅には45分前までの到着が原則。乗車する際は時間に余裕を持って行動する必要がある。