タイで500万人の命を救った男。90年代、拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃(2)
「タイで500万人の命を救った男。90年代、拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃」)
タイの名門マヒドン大学の教授で、2009年にはタイの売春婦全員にコンドーム着用を徹底させた功績を認められマヒドン王女賞を受賞した人物だが、日本ではほぼ知られていない。
前回まではタイでHIVが爆発的に広まった時期のことを述べていったが、そこでDr.ウィワットはどのような手を打ったのか。
一番の理想を言えば、売春宿をすべて潰して更地にしてしまえばいい。しかし、それは人間の性から考えても、政治的にも社会的にもほぼ不可能である。
世の男どもがみな三国志に登場する諸葛亮孔明のように愛妻の自死後は一切女色を絶つ、となればそういうことも可能だろうが、そんなことはあるはずがない。また、急に売春宿を潰してしまったら貧しくて教養も職歴もない売春婦たちはその後どうやって食っていけばいいのか。とにかく、現実的ではない。
だが、仮に性産業が続いたとしても、コンドームさえ使えば性病の拡散は防ぐことができる。Dr.ウィワットはこの一点に力を注いだ。
「もっと言うと、かつては週に一度売春婦に性病検査を義務付けていました。しかし、これでは拡散を止めるのに効果はありませんでした。テレビのCMで有名タレントを使うこともありましたが、これも効果はありませんでした」
Influencerの中で指摘されているが、問題がどのようなものであれ方策が十個あるとして、実際に効果を発揮するのはそのうち一つか二つである。まさに20:80の法則だ。インフルエンサーになる秘訣は、その中で最も効果がある対策一つだけに全ての力を注ぎこみ、ほかのすべてを切り捨てることである。
だが、これこそ言うは易く、行うは難しの典型例である。考えても見てほしい。大人であれば、コンドームさえ使用すれば性病感染と望まない妊娠を防ぐことは誰でもわかっている。それ自体はDr.ウィワットの発見でもなんでもない。しかし、一時の快楽に負けて男はコンドームを使用しない場合がままある。
また女性側にもメリットがある。仮にタイの売春婦全員がコンドーム着用を実践しているとしよう。
そんなとき、どうしてもコンドームなしで行為をしたくなった男がいるとして、女性側が「余計に150ドル払ってくれるならゴムなしでどうぞ」と言ったらどうなるか(註:筆者はウブでその道の相場はよく知らないので、ここで出す値段は全て推定である。決して、バンコク繁華街の平均価格ではない)。
しかも、すべては密室の中で行われ、女性側は瞬時に150ドルの臨時収入を受け取ることができる。実に簡単に抜け駆けができるのである。
また、すでに勃起して理性が落ちている男が「ナマでやらせろ」と女性側を脅迫したり暴力をふるったりする場合もないとはいえない。かたやカネを払う側の力がある男がいて、かたや貧しくて教育程度も低く、体も小さく力も弱い女性だとするなら、ゴムなしでのしかかってくる男にどう対抗すればいいのか。
つまり、この物語は一見医学と教育の話に見えるが、その実非常に高度な組合作り・連帯組織の維持という政治とリーダーシップの話なのだ。
筆者は7月、タイで500万人以上の命を救ったということで国民的英雄と崇められている、ウィワット・ロジャナピタヤコーン博士(以下Dr.ウィワット)について紹介した。(前回参照:1
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この特集の前回記事
2018.07.02
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