前澤氏が搭乗するBFRは、スペースXが開発中の巨大な宇宙船で、最大100人を乗せ、月や火星に送り届けることができる性能をもつ。100人というと、ちょっとした小型の旅客機くらいの乗客数で、現在ロシアが運用している「ソユーズ」宇宙船が3人乗りであることと比べても、その大きさが際立つ。
なぜ、これほど巨大な宇宙船を開発しているのかといえば、マスク氏がスペースXを立ち上げた目的と直結している。
マスク氏は近い将来、戦争や伝染病、小惑星の衝突などで、地球に人が住めなくなったり、人類が絶滅したりといった危険性を考えている。そして、それを避けるため、ノアの方舟のような巨大な宇宙船で月や火星などに人類を移住できるようにする必要があるとして、同社を設立した。
これまでにいくつかのロケットや宇宙船を開発・運用する中で必要な技術を蓄積していき、ようやく開発に着手した現代のノアの方舟が、このBFRなのである。
BFRの開発が発表されたのは2016年のことで、日々設計が進歩し、機体の形状も変わっている。ただ、一貫しているのは「機体を再使用することで大幅な低コスト化を実現する」というコンセプトで、将来的には1回あたりの打ち上げコストを数億円にまで下げ、「一人当たり家が一軒買えるくらいの値段(数千万円)」で宇宙旅行が実現できるとしている。
BFRの想像図 (C) SpaceX
今回の発表では、月旅行の代金については明らかにされなかった。
しかし、他の米国企業が販売している、ロシアの宇宙船で行く同様の月旅行が約1億ドルで販売されていることや、BFR以前に月旅行を行う予定だったスペースXのロケットと宇宙船の価格などといったことから推測すると、おそらく1人あたり100億~150億円ほどになろう。8人のアーティストを連れて行くとなると、その合計金額は1000億円ほどにある。
我々からすれば途方もない金額だが、前澤氏の総資産と、また世界には絵画やプライベート・ジェット機、豪華クルーザーなどに数百億円以上を使う大富豪がそれなりにいることを考えれば、驚くことではないのかもしれない。
もっとも、そもそも100人が乗れる巨大宇宙船のBFRにとって、搭乗者数が1人でも8人でも、大きな負担ではない。また機体の完成直後の飛行ということで、スペースXもいくらか値引きはするだろう。とはいえ、機体の開発費や製造費を回収しなければならないことを考えると、やはり総額で数百億円というのが妥当なところではないだろうか。
実現の可能性については、2023年の実現はおろか、BFRが完成するかどうかもまだ難しいと見るべきだろう。BFRは機体の大きさも史上最大な上に、人が乗るということは安全性も追求しなければならない。さらに機体を再使用するため、エンジンや機体、飛行や着陸方法などに複雑な技術を使っており、いかに世界最大の宇宙企業であるスペースXといえども、一筋縄で完成させられるものではない。
いまから5年後の2023年に月旅行を実現するというスケジュールはまず難しく、時間がかかってもBFRが完成すれば御の字で、それも早くて2020年代の後半以降というのが現実的な予想になろう。それより先の、機体の再使用とそれによるコストダウンが実現するかどうかは未知数であり、また並行して、長年の開発に、スペースXの企業としての体力が持つかという問題も出てくるだろう。
一方で、BFRに使うための世界最先端のロケットエンジンや、巨大な機体を構成するタンクなどの部品は、すでに試作され、試験が始まっている。その進捗具合から、今後の見通しは徐々に見えてくるだろう。