日本の公文書管理機構整備はコスタリカより1世紀遅れ
修復中の歴史的公文書。欠損部分を補うのは和紙だという
コスタリカ国立公文書館の設立は1881年。大日本帝国憲法の成立より前に、この国では公文書管理の公的機関を持っていたことになる。
日本の国立公文書館の創設は1971年だ。この時点で、日本はコスタリカから1世紀近く遅れている。日本学術会議から勧告を受けてようやく設立したはいいが、その機能は「公文書館」というより「歴史文書資料館」と言った方が実情に近いかもしれない。
もちろん、歴史的文書の保存や修復は公文書館の欠かせない機能だ。実際に今回、コスタリカの国立公文書館では、満州国設立の通知や、コスタリカ大統領就任に際しての昭和天皇からの親書など、大変貴重な歴史的文書を見せていただいた。バックヤードでは、日々歴史的文書の修復とデジタル化が行なわれている様子もご紹介いただいた。
ただし、それは公文書館としての役割の一部にすぎない。劣らず重要なのは、「現在生きている行政文書」の取り扱いである。生活に身近なケースに関する公文書を市民が利用したり、政治や行政を監視したりするツールとしても、この国の公文書館は使われる。つまり、行政の情報公開だ。
実は、日本の公文書館も制度上は同等の機能を持っているはずなのだが、一般市民がそのような用途で利用することはまれだろう。
もちろん、コスタリカでも進行中の案件は担当省庁や各自治体で請求することになる。だが、日本のように、あるはずの文書がなかったり、情報が真っ黒に塗られて実質何も公開していない「のり弁」と揶揄されるような紙が出てきたりはしない。それには制度的根拠がある。