吉村洋文大阪市長の「聖域なき教育改革」から迸る「ダメ上司あるある」感

吉村発言から迸る「クソ上司」イズム

 “「結果」に対して「責任」を負う制度を校長や教員に求める以上、僕自身も「結果」に対して「責任」を負わなければならない。大阪市は、来年の学テで万年最下位を脱する。その結果を出せなければ、僕の来夏のボーナスを全額返上する。”  僕のサラリーマン時代が最高の上司だったかと聞かれたら、おそらく吉村洋文市長と同じぐらいクソだったかもしれませんが、過去の反省を踏まえて言うならば、これは「パワハラ」以外のナニモノでもありません。  要は、「ダメだった時には来夏のボーナスを全額返上するので、オマエらの給料も減らす」というのです。しかし、こればっかりは大きな声で言わせてもらいましょう。 「知らねぇよ!」と。  オマエのボーナスがどうしようが、こちとら生活をかけて働いているわけで、コチラの事情を微塵も考慮せず、オマエの都合でオマエのクソみたいなボーナスをどうしようが「知らねぇよ!」と。 「1円も返上しなくていいので、こういうくだらないことをしないでください」って話なのですが、お互いの合意があったわけでもなく、一方的に「ダメだったら減給だ」と押しつけているのです。ちょいと理由があってギリギリの生活をしている教師が、その削られた給料のせいで薬代が払えなくなったらどうするつもりでしょうか。そんなのはオマエの自己責任だってことで終わりでしょうか。すべてが自己責任だというなら税金を取る意味はなくなるので、行政なんて必要ないし、市長も必要ありません。  “親の経済力や教育が、子供の学力と相関関係にあることはそうだと思う。しかし、「全て」ではない。学校で教育してるんだ。教育者側が、(学テ万年最下位は)「家庭の問題」と切り捨てるのは、思考停止になる。教育ムラの内輪論理はダメ。聖域なき教育改革をやる。子供の学力を上げなければならない。”  だいたい吉村洋文さんは「家庭の問題と相関関係がある」とした上で、貧困の子供にも教育を施すのが教職員の役割なんだから、家庭の問題を言い訳にしてはいけない、だから「聖域なき教育改革」をやると言っているのですが、振り返ってもみてください。  その「聖域なき教育改革」とやらは、「君が代を歌わないヤツはクビ」と言い出すところから始まり、学校の先生に対して「歌っているかどうか口元をチェックする」と言い出して教師の尊厳を奪い、あげく「教育畑で育った校長先生は世間知らずだ」とかナントカで、校長先生を民間から公募しまくり、会社であんまり活躍できなかったオジサンたちのハローワーク状態となり、教育現場に破壊と混乱をもたらしたのはどこの誰なのでしょうか。  これは「教育ムラの内輪論理」ではなく、ビジネスにおけるモチベーションの観点から見ても、成功する気がしないという話です。  第一、これまでにやってきた大阪維新の会の「教育改革」とやらに実績がないのです。給料を減らされることを避けるため、とにかく数字だけでも帳尻を合わせようとすると、今度は学力の低い子供を休ませて学力テストを受けさせないなどの裏技が繰り出されるようになり、見た目では解決したように見えても事態はもっと深刻だということになりかねません。だいたい日本は「女子」だというだけで一律減点される国なのですから、給料を減らされるかもしれないとあらば、背に腹は代えられません。テストにカラクリを仕掛けても不思議ではない。そういう環境を作り出そうとしているのが吉村洋文市長なのです。  “教育ムラの村民達は、「吉村のせいで優秀な先生が来なくなる!」だって。何を守りたいのか。評価されたくない先生が優秀な先生?「優秀」な先生って何?僕は、平均30点のクラスでも35点に引き上げる力がある先生は「優秀」な先生だと思う。点数ではなく、付加価値。そこを評価するシステムを作りたい。”  今、吉村洋文市長のやり方を批判しているのは「教育ムラ」の人たちではなく、数々の辛酸を舐めてきた大人たちです。  これまで経験してきた「クソ上司あるある」に当てはめた時にピッタリとハマる吉村洋文市長は、このままだと失敗すると親切に警鐘を鳴らしているのです。平均を30点から35点に引き上げる先生は確かに優秀かもしれませんが、イジメを解決する能力、子供の可能性を引き出す能力、子供の笑顔を増やす能力に溢れた先生は評価してもらえません。  これが会社だと思って考えてみてください。会社全体の営業成績が良くないのです。どうして営業の成績が良くないのかと考えた時に、この上司は「営業マンがバカだから」だと言うのです。そして、営業マンに「こうやって営業しろ」というマニュアルを作り、ノルマを下回った時には減給をするというのです。  営業マンが奮闘して全員がノルマを達成したとしましょう。この時、この上司は何を言うのかって「俺が作ったマニュアルが完璧だった」と言い、営業マンには「俺の作ったマニュアル通りによく頑張った」と言うのです。実際はテメエのマニュアルなんか無視して営業していたかもしれないのに、お手柄は自分のものになっちゃうわけです。  しかし、どうやっても契約件数が下回った時は「俺が作ったマニュアルがダメだったのかもしれない」なんて考えることもなく、すべて営業マンが無能だったという話にされて、給料を減らされ、営業マンはさらにモチベーションを失うのです。どうせ頑張っても報われないのだから一生懸命やらない方がマシ。その生産性はさらに低下します。このままでは大阪の教育はとことんダメになってしまうかもしれない。そうならないように、みんなが「心配している」ということに、吉村洋文市長は気づくでしょうか。「最強の俺」には難しいかもしれませんけど。
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パワハラじみた改革を許してはいけない
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