吉村洋文大阪市長の「聖域なき教育改革」から迸る「ダメ上司あるある」感

吉村洋文市長の危険な教育改革

 多くの人が「そんなことをしたら大阪の教育は本当にダメになってしまうのではないか」と心配する中、吉村洋文市長は慎重派の意見には一切耳を傾けず、独自の「意識改革」とやらを断行しようとしています。

 失敗は他人の能力のせいにするけれど、成功したことは自分の能力のおかげにする。こんなことばっかりしているので、いつしか失敗は記憶から消され、成功した記憶だけが積み重なり、全戦全勝の「最強の俺」が出来上がり、自己評価と現実に大きな乖離が生じます。結果、自分の無能さには永久に気付かないハッピーなオジサンに仕上がり、とうとうこんなことを言い始めました。



 “地道な学力向上事業、子供の貧困対策、放課後学習事業は、今後もやる。その上で、改革が必要だ。①学テの明確な数値目標を定め、校長、教員の評価に反映させる、②教育委員会を4ブロックに分割、地域担当制にし、現場重視主義に変える、③勉強を頑張る子供のために、複数の特別進学中学校を創設する。”

(1)学力テストの明確な数値目標を定め、校長、教員の評価に反映させる。

 社員のモチベーションを高めようと思った時に「ノルマ」という制度ほど頭の悪いものはありません。理由は簡単で、減点されることはあってもボーナスをもらえることがないからです。「ノルマ」というのは「達成して当然の数値」なので、達成した人間は当たり前、達成しない人間は無能と分けることです。

 叱られることはあっても褒められることはない。こんなモチベーションの上がらないことを平気でやってしまうタイプの人間は、だいたい目標設定の空気も読めないので「現状を上回ること」みたいな優しいものではなく、いきなり「この点数より上」みたいなことを言い始めます。

 現場にいる人間が「この目標ならイケるだろう」と設定したものではなく、何もわかっちゃいない部外者が「これぐらいじゃないと困る」とか言い出すので、非現実的な目標設定になって達成率が下がった末に「やっぱり大阪の教職員はバカなんだ!」みたいなことを言い出すことになるのです。

 しかも、国語や英語の点数が上がったのに数学の点数が伸び悩み、結果として目標を達成できなかった場合、校長の給料は減らされることになります。校長としては「数学の先生のせいで自分の給料が減らされた」という気持ちになるので、数学の先生を嫌いになります。こうして職員室の中が分断されるようになり、教職員同士の関係性がギクシャクして、働きにくい環境が出てきます。子供に勉強を教えたくて学校の先生になったのに、教職員同士の人間関係に悩んで仕事を辞めることになる。教師の人生が変わる。吉村洋文さんはそんなことをやろうとしているのです。

(2)教育委員会を4ブロックに分割、地域担当制にし、現場重視主義に変える。

 これもまた教育委員会の分断になります。大阪市内に教育格差を生み出し、今度は地域を分断するようになります。「私は中央区だから」とか「私は西成区だから」みたいな話が出てくるようになり、ますます教育委員会に責任を押しつける仕組みが出来上がります。そういえば大阪維新の会は選挙の時に「One Osaka」というキャッチフレーズを使っていたと思うのですが、これなら「A quarter of Osaka」にした方がいいんじゃないでしょうか。

(3)勉強を頑張る子供のために、複数の特別進学中学校を作る。

 なんと、公立の中学校が「頭の良い子」「そうではない子」を分けて、頭の良い子は「特進」という特別扱いにするというのです。公立の中学校が小学6年生の子供たちを「キミは勉強を頑張ったから特進中学校に入学できる」「キミは基準に達していないので勉強を頑張って来なかったんだ。だから特進には入れないよ」と分断するのです。

 義務教育ではなく、行っても行かなくても良い高校に偏差値があって、頭の良い子とそうではない子が別の高校に進学するのは社会の洗礼だとしても、小学校を卒業したばかりの子供に公立中学校がヒエラルキーを作るのは「教育の平等」なのでしょうか。入学の基準を満たしていない子供が「それでも特進中学校に入りたい」と言った時には入学を認めてもらえるのでしょうか。

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「手柄は自分、失敗は現場のせい」

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