匝瑳の田んぼで育てているイネと大豆
俺は、東京・池袋で営んでいた小さなオーガニックバー「たまにはTSUKIでも眺めましょ 」を今年3月に閉業し、4月には千葉県匝瑳市に移住した。14年間バーを営んできた中で、さんざんと都心で働く人々を「田舎に散ろうぜ」とけしかけてきた。「田舎に移住することで世直しになる、アンタも幸せになる」と、耳元でささやいてきた。
そんな俺がもはやこれ以上、東京にいるわけにもいくまい。2020年の東京オリンピックで余計な建築物やルールが暴力的にでき上がる前に、人が今以上にわんさか集まる東京をおさらばしよう、と考えたわけだ。匝瑳には10年前から、東京と2拠点居住(デュアルライフ)をして、米作りをしてきた場所だ。
この夏、匝瑳も暑いことは暑い。しかし、都心部の気温と比べると4~5℃低い。小高い山と田んぼが広がり、太平洋に接している。風を遮る高いビルなど一切ない。海辺の我が家は、夜は海からの風が吹いて涼しく、Tシャツとパンツ一丁で寝ていると朝方は布団をかけないと寒いくらいだ。
人はなぜ、毎日決まった時間に遠くの会社まで満員電車に揺られて移動するのか
そんな暮らしに慣れつつも、ひと月に1~2回は都心に仕事で行かねばならない。
先週、土日に1泊2日で東京へ行き、渋谷と池袋を往復した。そりゃ、暑い暑い! 駅構内では「むわっ」として気分が悪くなる。本当はもう1泊して旧友と酒でも呑み交わそうとも考えていたが、こりゃムリだ、頭がクラクラしてきた、と観念し、2日目の午後一番に匝瑳に逃げ戻った。都会滞在時間は24時間だった。
今週も、千葉県内の都心部に軽バンで行く日があった。ナビだと1時間10分で着く距離だ。朝の渋滞を避けようと、匝瑳を朝6時に出た。しかしそれでも渋滞にはまり、結局目的地に着いたのは8時半で、2時間半かかった。
朝だったので暑さは大丈夫だったが、街に近づくにつれて車の量が多くなり、渋滞やノロノロ運転で、速度は10~20km。歩いたほうが早い気分だ。気持ちが滅入ってくる。街の中の駅周辺を過ぎるたびに、うじゃうじゃと人がうごめいているのが見える。眠そうな顔をして、スラックスに白ワイシャツ姿の男性たち、化粧と服で美しく着飾った女性たち。夏休みで学生がいないだけ、まだ混雑はマシなのだろう。
人はどうして、毎日決まった時間に遠くの会社まで満員電車に揺られて、移動しなければならないのか。誰もがその不自然さに気づかず、当然のように通勤しているが、精神的にも肉体的にも辛いだろう。何よりも、限られた人生の時間がもったいなくはないだろうか。
俺も10代から20代最後までの15年間経験して、当たり前と思っていた通勤通学。「満員」から遠ざかった今、嫌というほどに気づくのは、自分の五感を押し殺さねば平常心を保てない高ストレスだったということ。「もう絶対にあそこには戻れない」という拒否反応がある。
匝瑳で可愛がってくれている長老が「この間、東京に行ったらよ~、電車が満員で〇〇駅で降りれなかったよ(笑)。手がこんななっちゃって(阿修羅の千手観音のような腕の形の真似をして)! あんなんに毎日乗っとったら、頭おかしくなっても仕方あるめぃよ~。痴漢だって、そういうことだんべ!」と、田舎に住んでいてよかったと言わんばかりに面白おかしく話してくれた。