なぜ日本の経済学者は富豪や優れた投資家ではないのか?――元経済記者が、退職後に株投資を始めた理由

「輸入学問」だった日本の経済学

フリードマン

ミルトン・フリードマン。アメリカの経済学者。1976年にノーベル経済学賞を受賞
(写真/ウィキメディア・コモンズ)

 いろいろ考えた結果、一つの仮説として「当時の日本の経済学はまだ輸入学問の段階にあったからではないか」と考えました。英国や米国で発展した経済学の理論を正確に理解して日本人に伝えることが当時の経済学者の最優先課題だったように思います。  実際、日本の著名な理論経済学者は、英国や米国の経済状態、金融制度などには精通していました。それに反し足元の日本の経済状況、例えばGDPの規模、公定歩合の変遷、就業者数、失業率、貿易規模などについてはあまり具体的な数値を知りませんでした。  駆け出しの経済記者にとって、欧米の経済事情に精通している日本の理論経済学者が肝心の日本の経済事情をあまり知らないことに違和感を覚えました。当時の日本経済は完成度の高いアメリカ経済と比べて成熟度が低く、日本独特の商習慣や産業の二重構造、消費者行動、労働慣行などが混然一体となって経済活動に影響を及ぼしていたため、アメリカで完成された経済学の理論はうまく適応できなかったのです。  日本経済の後進性も、やがて時間が経てば成熟度が高まり、企業も消費者もアメリカ型に近づいてくるはずだ。そうなれば米国生まれの経済理論も適応できるようになるだろう。それまでは、遅れている日本経済について詳しく知らなくても構わない――こんな思いが当時のわが国経済学者の間で強かったのではないかと推測できます。  後日談になりますが、アメリカから帰国後、日本の著名な経済学者に会った際、「サミュエルソンやフリードマンは株式投資や為替取引で儲けているようですね」と話を向けると、「彼らはユダヤ人ですからね。お金に強い執着心があるのでしょう」と一蹴されてしまいました。

それぞれの国には、それぞれの経済活動、発展の仕方がある

洋書 経済学は社会科学です。同じ科学と言っても、物理学や化学、天文学などの自然科学とは違います。人々の消費行動、企業行動などをつぶさに観察して、さまざまな仮説や理論を導き出し、体系化したものが経済学です。人々の消費行動や企業行動には、それぞれの国の歴史や文化、宗教などが色濃く投影されています。従って、それぞれの国の経済活動、発展の仕方は一様ではなく、逆に驚くほど多様化しています。  欧州やロシア、日本、中国やインドなど、長い歴史・文化を持つ国と、資本主義の歴史しか持たないアメリカとでは、経済政策、経済発展の仕方は大きく異なります。誤解を恐れずにいえば、自然界の法則のように、世界どこでも通用する法則は経済の世界には存在しないということです。それぞれの国にはそれぞれの国の歴史や文化、宗教などの影響を受けた独特の経済発展の仕方、姿があるということになります。  このように考えると、経済学は純粋科学というよりも「実学」そのものではないかと思うようになりました。実学ならば、現実に役に立たなければ意味がありません。新聞社を退社したら、欧米の著名経済学者に倣(なら)って、それまでの経済記者として培(つちか)ってきた知識や企業分析を生かして、ひとつ私なりに株式投資に挑戦してみようと、密かに思うようになったのです。 【石橋叩きのネット投資術3】 <文/三橋規宏> みつはしただひろ●1940年生まれ。1964年慶応義塾大学経済学部卒、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学教授、同大学名誉教授、環境を考える経済人の会21事務局長等を歴任。主著は『新・日本経済入門』(日本経済新聞出版社)『ゼミナール日本経済入門』(同)『環境経済入門』(日経文庫)『環境再生と日本経済』(岩波新書)『サッチャリズム』(中央公論社)『サステナビリティ経営』(講談社)など。
経済ジャーナリスト。1964年、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、論説副主幹などを経て、千葉商科大学政策情報学部教授。2010年から名誉教授。専門は日本経済論、環境経済学。編著書に『新・日本経済入門』(編著、日本経済新聞出版社)『環境が大学を元気にする』(海象社)など多数。『石橋をたたいて渡るネット株投資術』(海象社)を8月9日に上梓。
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