日本に暮らす日本人と話をしていると、「どうして外国人はうるさいのか」という声を耳にすることがある。それは他でもない。日本が静かすぎるからだ。
前出のトイレの音消し音のように、音が音をかき消す現象を「マスキング効果」という。
音は2つ重なると、物理的には存在していても、大音は小音を、低音は高音をかき消し、音同士の周波数が近いほど知覚しなくなる性質がある。
にぎやかな外国では、雑音が雑音をマスキングし、いい意味で「意味や出処を失った音」が日常に溢れるのだが、静かな日本では、「雑音不足」で生じた音がはっきりと聞こえるため、「意味や出処をもった雑音」がダイレクトに耳に入ってきやすい。
日本で、外国人が場になじまぬ音を出せば、大きな音でなくても大きく感じてしまうようになる。
また、日本に住む外国人の生活音がうるさくなるのには、彼らの抱えるある事情が絡むこともある。それは、アパートの賃貸契約の難しさだ。
日本到着後、真っ先にしなければならない「住居の確保」だが、彼らには物件探しの際、言葉や連帯保証人、高家賃、外国人の入居拒否など、多くの壁が立ちはだかることが多い。
さすれば、同郷の先輩などとの共同生活を余儀なくされ、結果的に自然と生活音が大きくなることがある。実際、こうした共同生活が原因で、近隣住民とトラブルになった学生もいた。
その一方、国をあげて「静かにする時間」を取り決めているスイスやドイツでは、これほど閑さに慣れ親しんだ日本人でさえも「うるさい」とされてしまうケースがある。
地域により違いはあるが、これらの国には「安息時間(Ruhezeit)」なる時間帯や曜日があり、その間は大きな音を出すことは禁止されている。
特にスイスには毎晩10時以降、洗濯機はもちろん、シャワーの使用やトイレを流すことさえも禁止するアパートが多く、夜泣きをする子供の声に「虐待なのでは」と、警察を呼ぶ近隣住民も少なくない。
スイスに滞在経験のある複数の日本人に話を聞いたところ、「夜洗濯機を回したら、翌朝ドアに『うるさい』と書かれた付箋が貼られていた」、「夜10時以降のトイレは用を足した後そのままにして、翌朝流している」、「あまりにも騒音に厳しいので隣国へ移り住んだ」という驚きのエピソードが続出した。
所変われば音の感覚基準も様々だ。にぎやかな国に静かな国の外国人が来てもそれほど問題にはならないが、受け入れ国側が静かだと、どうしても文化的摩擦が大きくなる。
閑さを知る日本。訪日するにぎやかな国の人たちが、日本の趣を100%理解することは難しいだろうが、文化の違いを互いに認知し、理解しようとすることが、トラブル回避の元になることは間違いない。文化的摩擦で生じる無用な“不協和音”ほど雑音なものはない。
【橋本愛喜】
フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。